5月2013

東南アジア通貨危機で当事者が学んだこと

生活

 現在、東南アジアにおける最大の輸出入市場は、東南アジア自身である。

当たり前のようだが、北東アジアでFTA圏を築くのがこれからの日本にとって、東南アジアが壊滅的な経済から立ち直り、成長市場に至ったプロセスは、

振り返ってみて学ぶところが大きかった。

 

通貨危機発生直後は、外貨による巨額の短期貸付をおこなっていた外資の引き上げや株式や債券の売り浴びせ、為替市場での投げ売り等により、タイ、インドネシア、マレーシア等は、「不足する外貨の融資」と「金融システムの信任」

を得られないと復活できなかった。アジア通貨危機の震源となったタイにおいては、バーツ危機が起きたときに、IMF・世銀とアジア各国の協調融資が緊急に行われた。規模としては、172億ドルであった。日本政府も輸出入銀行(現国際協力銀行)を通じて40億ドルを融資している。

 

ところで、当時からタイは日本にとって一大製造拠点となっていた。

そのため、大手企業ばかりでなく、中堅やそれ以下の規模の製造企業も多く進出を果たしていた。

進出した企業群は、それぞれに巨額の投資を行い製造拠点を形成していたが、

たやすく撤退するという選択をする企業はなかった。ただし、金融危機による

進出国や周辺国の景気の冷え込みにより、現地金融機関も危機的状況に陥っており、当然のこととして進出する企業も資金繰り、資金調達に困難を極めた。

そのため、日本政府も日系企業の支援に乗り出した。大企業から中小企業まで融資を受けたその規模は、1兆3千億円超えたとされている。この未曾有の通貨危機に際し、わが国も歴史的な緊急融資で応えて見せたのである。

学ぶべきは、「必要資金」を適時適切に融資実行したことにより、東南アジア圏での延焼を食い止められたことだろう。さらに、関係国向けの「金融システムを安定させる」ために日本は、300億ドル規模の支援を行うと表明し、通貨危機を収束に向かわせている。留まった日系企業は、回復、発展を遂げ、東南アジアの経済成長にその後も寄与している。

 

規模の大小はあるが、経済危機に際しては第1段階で「外国為替市場での暴落」、「(外資)資金流出」、「外貨準備額不足」が起きる。企業では、第2段階として「急激な経営コスト上昇」、「外貨建て債務の負担急増」「資金調達の悪化」。

第3段階では、金融危機が実体経済に多大な悪影響を拡大してゆく。通貨危機

から世界が学んだことは、「金融秩序』を早期に回復させ、「金融資本市場」を整備、成長させることの重要性であったと思われる。