5月2013

日本発のバイオエタノール抽出技術

生活

 これまで、本コラムで世界の食料事情のことを書いた。地球環境対策にバイオエタノールの生産で応えようとする使命がある一方、その反対側で、穀物など世界の食料自給率が低下することへの心配を隠さない国際機関。そして、この先10年くらいで、穀物類を中心に最低20%~50%が、価格高騰する予測を立てて微笑む穀物メジャーや生産強国。

これまでにも触れたが、基本的にわが国の食糧自給率は、「カロリーベースで40%程度」と紹介してきた。カローリーベースということだから、肉や魚、卵、穀物類を計算からはずしてみると、いよいよ頼りない自給率である。

その自給率が、農林水産省の発表で5年前に40%を割り込んだと発表され大きな不安を駆り立てたことがあった。この時の発表は、記録的なコメの不作で、海外からの輸入にもたよった1993年度の食料自給率37%に次ぐものだと

いうことだった。自給率計算が、カロリーベースであるから、熱量の高いサトウキビの生産やイモ類、果物類の生産が、日照時間不足から減少し、自給率を下げたと専門筋はこの時のことを解説している。

農林水産省は、2015年度の目標に食料自給率を45%にすると掲げてきて

いるが、達成はいかがなものだろうか。バイオエタノール用作物の耕作拡大や途上国の人口爆発により、今後、食料は輸入しにくくなることは明らかである。農林水産省の掲げる自給率向上のための施策は、業務用に大量消費される野菜作りの支援などを核に据えており、家庭の食卓に並べられる前後のことは力を入れているとは思えない。

 

さて、先ごろアサヒビールの研究所で、同一のサトウキビから2倍以上のバイオエタノールを抽出する技術を開発したと発表があった。この技術があれば、

単純に同一耕作面積から倍のバイオエタノールが得られることになるし、サトウキビ畑を食料生産用に転用し、食料自給率向上に役立てることも可能だろう。

資源にも恵まれず、平地が少なく急峻。さらに耕作に適する土地が少なく、人口密度が高い日本ならではの国際的にも貢献できる技術である。

 

ところで、カロリーベースで計算するとたいした数字にはなら無いが、緑黄野菜の中には、簡単に家庭で作れるものがある。たとえば、かいわれ大根や葉大根、ほうれん草、豆類などである。これらは、ビタミン、ミネラル類が思いのほか含まれており、お子さんでも遊び感覚でつくれるものである。たとえば、スポンジの上でも簡単に発芽し、プランターでも用意に作れる食料である。「地産池消」や「食育」を語る場合には、家庭内地産池消費型の実践も紹介していただきたいものである。

この問題の責任者である農林水産省は、「食料自給率向上に特効薬はない」と断言している。言われなくてもわかりきったことである。食事を本来の「日本型食生活」に戻す手助けに「食事バランスガイド」や「毎食の自給率計算ソフト」の開発や普及に力を入れているらしい。それにしても、日本型食事の要であるコメの消費の減少傾向に歯止めがかからない。

 

他方、アメリカ生まれのファーストフードチェーンは、日本の「食育」活動資金を熱心に提供している。カロリーを砂糖のどっさり入った炭酸飲料やラードたっぷりのフライや脂質の多いハンバーガー、ホットドッグで補えというのだろうか。フードマイレージ(食料輸送のエネルギー消費)に負担もかなり大きいわが国は、味覚の経済侵略を受けて、脳内まで植民地化されていそうだ。

透明絲袜子老師

生活

 昨年、中国に公務で派遣されていた時代の話を書いた。今回は、小生が「付加価値先生」と呼ばれていたという話である。中国が、社会主義計画経済から社会主義市場経済に移行するにあたり、価格決定のメカニズムを女性用の水着を使い、「材料が少ない方が、原価が低くて安いはずなのに価格が高くなるのはなぜか」を「需要と購買」に女性ではなくて男性の意図が影響し、結果「布の無いところに一番価値がある」という話である。今回も同時期の話を書いてみたい。

1990年代後半の四川省の自動車関連工場での話である。

春節(中国の旧暦正月)明けに、成田から飛び立つため四川チームは集合をしていた。財務管理・原価管理担当のTの荷物をめぐり、ひと悶着があった。Tの荷物は、旅行用バゲージ2つと教材・資料の箱以外に、ダンボール箱5つがあった。団長先生が、「T先生、この箱は何ですか。当初の申請になかった荷物のようですが。」T:「これは、市場経済を教えるための教材です」と押し通した。税関でも、質問をされたが「公務旅券」を見せて、「教材」で押し通した。

 

T先生こと私の授業は、最良の実務方法を探るために、現場の責任者の協力を必要としていた。できることなら楽しくて、さらに得することがあればなお良い。私は、教材といったが、褒賞品として大ダンボール5箱分の婦人用ストッキングを持ち込んでいた。この頃、中国のストッキングは「お爺ちゃんのラクダのよう」に、見るからにゴワゴワだった。「将を射んとすれば」である。婦人方を馬に例えては失礼だが、授業計画を遂行するには、奥方の強い援護が必要である。オリエンテーションのときに、授業の目的を語りながら、中間管理職の生徒らに誰でも応えられるような質問を浴びせた。これは、明日以降のためのいわばウォーミングアップのようなものである。要領を得ない答でも、「名前がいい」とか「返事がいい」、「ネクタイの色がいい」などといい、褒章品のストッキングを渡した。ただ、渡すだけでは意味がないので、「褒賞品のストッキングには、ほかにも自然色が揃っています」という中国文を通訳に書いてもらい、コピーしてはさんでおいた。効果覿面だった。

「T先生の授業はどんなことがあっても受けなさい」「T先生の授業の予習は

したの」「T先生から、今日も褒賞品をいただいてきなさい」など叱咤激励されて、生徒らがやってくるのだ。成果が上がらないわけがない。仕舞には、生産現場からも課外授業を受けられないかと相談も来た。この時、私は付加価値先生あらため「透明絲袜子老師(ストッキング先生)」と呼ばれていた。

出発前に心配をかけた団長先生は、事情があって変なビジネスに巻き込まれたか、婦人服への偏向的趣味でもあるのではないかと心配していたそうである。

三農問題

生活

 先の全国人民代表者会議において、温家宝総理は二期10年を振り返り、更なる経済発展のために、都市化の推進と雇用開発を行うべきであると発言した。

「都市化の推進」と「雇用開発」とは、具体的にどのようなことをさすのか。



おおよそ、中国人民の全人口が12億人とした場合、約4人に3人は農民である。ひとつの目安として、国民の食料をまかなうのに必要な耕地は、ひとり頭0.1ヘクタールといわれている。中国は、耕地開発が最大に拡がったときには、おおよそ1億3千万ヘクタールにまで達したといわれているが、現在は耕作放棄地や農地転用による不動産開発により、すでに1億2千万ヘクタールを大幅に割り込み、数字の上からも自給が厳しい事態になっていることが明らかである。この問題の根底には、三農問題が横たわっていると考えられる。

即ち、「農業」、「農村」、「農民」問題である。



中国は、本来、伝統的な農業大国である。だが、億万の人民の胃袋を満たすことは簡単なことではなく、過去に大躍進時代に多くの人民を餓死に追い込んでいる。それだけに、命を支える農地管理や農民の戸籍管理を厳密に行ってきた。

だが、「農業」は現金収入に結びつきにくく、生産性を向上させることが容易ではない。また「農村」は、経済発展に結びつきにくい形態である。さらに「農民」は、低収入の上に、社会保障制度から遠ざけられた存在である。中国の経済発展のためには、「三農問題」を解決し、「農民が生活を心配なくおくれるようにする就業支援」、「社会格差を是正する社会保障制度の充実」が必要である。

改革開放経済は、広東省を中心にした華南地区から展開されていった。

そのため、大陸の東側の沿海地域に近い地方の農民らが非効率な農業を離れ、

「盲流(無暗やたらに流れてゆくという意味)」となって、出稼ぎ者となり都市生活者になった。都市戸籍者らかの差別もあり、また住居をはじめとする待遇にも恵まれずに未だ多くの民工がいわれるというが、「盲流」と推計される2億5千万人のうち、1億2千万人が都市生活に定着しつつあるといい、また、その多くが新しい世代に代わっているともいわれる。さて、残りの1億3千万人が西部内陸部の農民戸籍者だといわれる。西部内陸部の農民らは僻地出身者同様に、さげすまされているものが多い。貧しい地域の共産党幹部や地方官僚らは、官主導による不動産開発で経済問題を解決しようと先を争ったこともあり、土地を追われ元にも戻れないものが多い。さりとて、残った耕作地も無理な増産のために無謀な化学肥料による土壌汚染がひどく営農困難地域も多い。

人民の4人に3人の農民らの暮らしの安寧を保証することは容易ではない。

中国の環境汚染問題解決への遠い道

生活

 今年の3月のはじめに2回にわたり、本コラムで中国の環境汚染についてふれた。その趣旨は、中国の環境汚染問題を解決困難にしているのは、第一に環境に対する思考習慣や行動習慣が、阻害要因になるだろうと事例も挙げてみた。第二に、仮に問題解決が可能としても、大きな権限を持つ共産党の幹部や高級官僚らは、業界団体の代表もかねており、解決は容易ではないのではという見立てを披露させていただいた。

 

中国の都市部は、もともときれいな水が豊富に有るわけではない。

北京オリンピックの折、周辺から北京市への人口集中が進み、さらに多くの

宿泊施設の需要を満たすために、水資源が決して豊かでない周辺省の取水や

割り当てを削ってまでも送水を行った。それでも、水が需要を満たすところまで至らなかった。

 

北京は、ここまで人口が集中する以前、また近郊に工場が林立する以前は、運河が豊かに水をたたえていたものだ。水が、もともと北京市に豊かにあったのではなく、時の為政者が多くの人民の労力と月日をかけて、運河を切り開いたものだった。

歴史に学ぶものであれば、運河を大切に使うであろうし、水も大切にすると思うのだが。しかしながら、1990年代前半には北京市内の運河は、毒々しい色に変わり、悪臭を放つ巨大な水溜りに成り下がっていたように思う。

運河は、ゴミ捨て場同然になっていた。有毒なものを廃棄すれば、やがて地中に染みこみ、粘土質の層にたどり着くと、今度は水平方向に広がってゆくに違いない。

 

仮に取り締まろうとしても、環境保全意識が育っていない中国では、法律自体が整備されておらず、行過ぎた地下水の汲み上げや汚水の不法廃棄を取り締まる実効性の挙がる方法が無いに等しい。

現実、日本でもいまだ過ちに対する清算ができていないカドニウム汚染

による公害病も中国では発生している。

北京市に限らず都市部は、本来、貴重な飲料水となるべききれいな地下水を

経済活動優先の政策もあり、汲み上げる一方で制限もせず、地盤沈下や有害廃液の河川への垂れ流しや地下排水をほとんど取り締まることなく行ってきた。

経済は、誇れるほどに発展しているが、このままでは大気汚染、土壌汚染、水質汚染が施しようもなくなり、未来世代に深刻な影響を与えるに違いない。

中国植樹事情

生活

 中国の水不足や砂漠化、黄砂問題を取り上げてきたので、対策としての「植樹問題」についてふれてみたい。1990年代後半、北京市郊外に迫った砂漠化問題は、大きく日本でも取り上げられていた。中国で植樹をしたいという団体も多かったので、中国のカウンターパートを選び協定を結び、数次にわたって植樹活動のお世話をしたことがある。

 

植樹活動は、常識的に考えて水の調達が難しい、地味の悪い道路交通事情も

悪い土地がほとんどである。日本から植樹活動者を募っても、観光行事と日程を調整することは困難であり、植樹に目的を絞った渡航者に参加いただくこととなる。普通の観光旅行ではないことに、意義を喜んで見出す人も意外と多い。

他方、受け入れ側にすると、土地にあった苗の購入やアテンド業務、植樹後の管理業務を委託されることもあり、苦労に似合った恩恵もあるようだ。実際は、それ以上に植樹を行うということで、中国側のカウンターパートも中国の行政からの補助が受けられることが大きな利点になったようだ。

 

小生は、北京市県下の延慶県や昌平区、天津市との境にある通州区で植樹活動を行った経験があるが、いずれの地域も砂つぶが微粒で、深くほっても乾燥した土の層ばかりで、保水力も弱く日本の土壌とかなり異なる印象を持ったものだ。給水車をしたてた大掛かりな隊を編成して、数次にわたって植樹を行ってきたが、思いのほか成果(発育が悪く、国民運動にも繋がらない)が挙がらないことを不思議に思っていた。

 

最近、中国の植樹活動について少しづつ情報も得られるようになってきたが、

中国において植樹活動自体が難しい事業であるということがわかってきた。

まず、本当に植樹が必要な地域の調査やそれにもとづいた植樹実績の統計資料が、発表されているものと実情がかなり乖離しているという。中国らしいといえば、それまでであるが。統計情報が水増しされていて、実態が把握できないと適時適切な施策を講じられまい。また、植樹用の苗をつくるために、自然の植生を刈り掃うことで自然破壊に繋がっている事例があるとも言われる。そのために、森林荒漠という現象も起きているという。永く生きながらえてきた原生植物にも被害が及んでいるという。人口林は、あくまでも補助的につくるべきものであって、多種多様な植生が共存できる環境をつくる必要があるということである。古い開墾の歴史によって、植樹の先進地である欧州では、植樹は回復林という位置づけであくまでも補充的な人口林のことだという。

樹木を植えるは百年の計と中国の先哲は言ったが、思うより難事業である。

南水北調

生活

 中国の国家プロジェクトに「南水北調」がある。

華北の水不足を補うために、長江の水を引いて、華北河川に流すという広大な

国家プロジェクトである。主としてエネルギー問題の解決に取り組んだ三峡ダムプロジェクトと比較しても、水資源の確保という使命の大きさから重要度はかなり高い。

 

本計画は、そもそも1952年に毛沢東主席が、「水の少ない華北に長江の水を借りてくれば良い」と発言し、研究が本格化したといわれる。着工が、2002年だったということで、実に50年間暖められてきたプロジェクトである。



日本人にもなじみの深い鑑真和上の出身地、揚州を基点に長江の水を黄河に引く工事を展開してきた。最終的に黄河につなげた後、天津市そして北京市に

引く。その距離はおよそ1、200キロメートルにも及ぶ(別に進める楊州市から山東省省都斉南市ー煙台市ー威海市ルートでも700キロの長さがある)。

工事の進捗は、2013年に入り加速度的に早めており、2014年には完成する見込みだということである。

 

突貫工事は中国のお家芸なので、必ず工期予定中にプロジェクトは完了することだろうが、高低差が80メートルから1,480メートル。地震が起きれば地盤に不安のある地帯を通る。塩分濃度の違う水が混じることで塩害拡散。

というように、いくつもの心配もいる。工事完了後も様々な問題が生じる可能性がある。相手は、生命には不可欠な水だけに、こと簡単にはすまされないということだろうか。

 

毛沢東主席の提唱した「南水北調」に辿りつく以前、南の水を北に引く大規模工事は、毛沢東以前の歴史にも形を変えて実施されていた。

歴史的にも長く工事を展開してきた運河のことである。たとえば「海河」のことである。

この人口河川は、南は杭州を基点とし、長江につながり、北は天津、黄河流域に繋がっている。運河は、交通手段のほか灌漑に用いられ、稲作に欠かせない存在であり、中国人民の命をつなぐ水を運ぶ河である。

北京が、燕都や元都であった時代。すでに多くの臣民を暮らしの安寧のために、すでに大掛かりな利水を必要とし、中国では現実に人口的に問題を解決していたというわけである。願わくば、水質汚染を補ってあまりあるプロジェクトであってほしいと思うばかりである。

中国の砂漠化

生活

 中国は、国土の20%が砂漠だといわれている。 意外と広いと感じられるかも知れないが、西部内陸部に砂漠が大きく広がる。

おさらいになるようだが、中国は東西に約6000キロメートル、南北に約5000キロメートルと国土が延びている。したがって西部内陸部の一番遠方は、ウズベキスタンに隣接しており、いわば砂漠の真ん中にある地域である。このあたりは海には、どの方向にも遠く、風土気候が湿潤に程遠く乾燥しきっている。国土の20%が砂漠であるというのは、かような乾燥地域が広い国土には自然と発生しており、無理からんことでもある。

 

しかしながら、大きな砂漠があるということと、砂漠化が進むということは大きく異なり深刻なことである。

内蒙古自治区は、北京から省都フフホトまで列車をつかっても凡そ600キロの距離であるから急行列車でも数時間の距離である(ほぼ東京ー青森の距離)。

2006年4月22日の気象記録に、北京市にこの日黄砂が30t降ったと

ある。黄砂シーズンであれば、期間内に降る黄砂の量はすさまじいものになろう。黄砂は、中国の広範囲だけでなく、韓国にも日本にも降ってくる。

 

砂漠化は、保水能力のある土地を失うということばかりでない。農作物が獲れなくなるばかりか、人や動物が棲めなくなるということであり、深刻な被害をもたらしている。1990年代の後半には、すでに北京市郊外にまで内蒙古から延びる砂漠が迫っていた。うがった言い方をすれば北京市は砂漠の隣接地である。

砂漠化がひどいのは、内蒙古だけではない。内蒙古では日本人による大規模で長期にわたる植樹活動が実を挙げてもおり、さらに長期的な取り組みが必要ではあろうが改善が期待もされている。むしろ、耕作放棄地の多い黄土高原の

砂漠化が心配である。

黄土高原の土は、実に粒が細かく、風によって大きく削りとられ、容易に大量の土が風に舞ってしまう。また、塩分濃度が高いので、大規模灌漑を行っても塩分濃度の高い地域をいたずらに増やすだけに終わる可能性も高い。

繰り返しになるが、砂漠化は保水力のない土地が増えるということである。

中国が、いかに経済発展しようとも人民の命を支える安全安心な水を容易に生み出すことは出来ず、また、大量の水を必要とする工場用水の枯渇させるさせつことにつながりかねない。水資源開発も容易ではなく、他方、農業生産大国の屋台骨を揺るがせ、食料自給問題に追い討ちをかけかねない。さらに、土壌汚染、水質汚染とともに、砂漠化によって水問題が看過できないレベルにある。

中国の大気汚染や土壌汚染より水質汚染は深刻

生活

 1980年代に始まった改革開放経済に驀進中の中国を訪れたことのある方なら、PM2.5で深刻な大気汚染の北京市を見ても、「30年も前からスモッグはひどかった」と感想を口にするかもしれない。当時の中国の大都市は、石炭やコークスも燃やす匂いが経ちこめ、それらの煤が芯になって、水蒸気を集め、四六時中スモッグが発生していたものだ。

北京市や上海市などの都市部近郊でも、暖房や調理用燃料に石炭やコークスを安価で手に入りやすいので未だに使っている。地方の省都では、現実にエネルギー資源のほとんどが石炭やコークスでまかなわれているのでははなかろうか。

さて、1990年代に入り日本に輸入する農産物の一大供給基地が遼寧省や

山東省に展開した。日系資本の商社や食品メーカーによる契約栽培農場や系列の農場が設けられていった。他方、現地の農家から農産物を買い付けられたりしたようだが、ここで現地農家の農産品に対する農薬や化学肥料の施肥問題が指摘されるようになった。

農薬や化学肥料は、適時適切に施肥すれば、残留農薬がほとんど残らないと

いわれる。残る理由は、結果、管理がずさんだということだろうが、農業自体の問題以外にも理由は多くありようだ。

さて、結果として収穫量を追い求めてはみたが、土壌汚染を広範囲に起こしてしまった。さらに、大規模農業を追い求めるあまりに、米国の大型穀物農場と同じように、行き過ぎた地下水の汲み上げによって塩害をこれまた広範囲に引き起こしてしまった。失った環境がもとに戻らず、広大な中国といえども大きな損失を蒙った。これら、農業生産に直接関係する土壌汚染に加え、農地周辺の工場が排出した有害物質によって汚染された土壌は、想像もつかないほどに広大なものになるだろう。

大気汚染と土壌汚染は、直接の健康被害をもたらすが、大気汚染ひとつをとってみても、どのような統計手法によるかはわかわぬが、中国全体の年間死者の15%程度(123万人あまり)であるとする報道もある(21世紀世界報道)。PM2.5が超微細な粒子であるので、高機能マスクがなければ、健康被害は免れないだろう。土壌汚染の場合、大気汚染のような広がりは考えられにくい。したがって、被害を防げる有効な手段もあるやしれない。ただ、水に関しては、大気汚染以上に深刻ではなかろうか。中国は、水資源が少なく、地下水への依存度が高い。それでいて、貴重な地下水を湯水のごとく工場が使い、地下に汚水を垂れ流し広範な汚染が、安全で安心な水を飲める中国人は全人口の3%程度ではないかと言われているようだ。経済発展第一義としても、これではあまりにも負担が大きすぎる。飲料水の確保も困難になるやしれない。

中国の環境汚染問題解決への遠い道

生活

 今年の3月のはじめに2回にわたり、本コラムで中国の環境汚染についてふれた。その趣旨は、中国の環境汚染問題を解決困難にしているのは、第一に環境に対する思考習慣や行動習慣が、阻害要因になるだろうと事例も挙げてみた。第二に、仮に問題解決が可能としても、大きな権限を持つ共産党の幹部や高級官僚らは、業界団体の代表もかねており、解決は容易ではないのではという見立てを披露させていただいた。

 

中国の都市部は、もともときれいな水が豊富に有るわけではない。

北京オリンピックの折、周辺から北京市への人口集中が進み、さらに多くの

宿泊施設の需要を満たすために、水資源が決して豊かでない周辺省の取水や

割り当てを削ってまでも送水を行った。それでも、水が需要を満たすところまで至らなかった。

 

北京は、ここまで人口が集中する以前、また近郊に工場が林立する以前は、運河が豊かに水をたたえていたものだ。水が、もともと北京市に豊かにあったのではなく、時の為政者が多くの人民の労力と月日をかけて、運河を切り開いたものだった。

歴史に学ぶものであれば、運河を大切に使うであろうし、水も大切にすると思うのだが。しかしながら、1990年代前半には北京市内の運河は、毒々しい色に変わり、悪臭を放つ巨大な水溜りに成り下がっていたように思う。

運河は、ゴミ捨て場同然になっていた。有毒なものを廃棄すれば、やがて地中に染みこみ、粘土質の層にたどり着くと、今度は水平方向に広がってゆくに違いない。

 

仮に取り締まろうとしても、環境保全意識が育っていない中国では、法律自体が整備されておらず、行過ぎた地下水の汲み上げや汚水の不法廃棄を取り締まる実効性の挙がる方法が無いに等しい。

現実、日本でもいまだ過ちに対する清算ができていないカドニウム汚染

による公害病も中国では発生している。

北京市に限らず都市部は、本来、貴重な飲料水となるべききれいな地下水を

経済活動優先の政策もあり、汲み上げる一方で制限もせず、地盤沈下や有害廃液の河川への垂れ流しや地下排水をほとんど取り締まることなく行ってきた。

経済は、誇れるほどに発展しているが、このままでは大気汚染、土壌汚染、水質汚染が施しようもなくなり、未来世代に深刻な影響を与えるに違いない。

老婆心ながら、気になること

生活

 中国でじわり拡大する鳥インフルエンザの沈静化の道筋が未だ見えない。

WHO(世界保健機関)は警戒しつつも、人から人への感染例は確認されてい

ないと、きわめて冷静な行動を呼びかけている。

 

中国の国土は広く、風俗習慣も地方によっても様々に異なっており、保健衛生ひとつとっても対策が徹底されるのは容易ではない。終息宣言までには、巷の感想も長期戦を覚悟したものも多い。

 

他方、感染すると深刻な健康被害が予想され、死亡率も高いにもかかわらず、

メデイアもしっかりと報道されているにもかかわらず、蔓延を防ぐ覚悟や対策

が十分であるとは思えない。詳細も求める人々の人の耳に届いていないようで気になる。

 

鳥インフルエンザは、どのように変異するかによってワクチン開発も行う

必要があり、日本でもワクチンづくりが始まったが、半年は有に時間がかかり

そうである。

鳥インフルエンザと新型インフルエンザとが交わり変異するようなことが

おきると、いよいよ深刻な事態となり、ボーダーレスの世界が広がっている

だけに対策はこれからが本番である。

 

インフルエンザに限らず、感染症対策自体が日本でもいまひとつ徹底されて

いない。マスクや消毒液についても正しい情報が伝わっているとはいい難い。

鳥インフルエンザウイルスは、非常に細かいので、高付加価値マスクが必要

である、腐るものでもないので、有る程度の備蓄運動がなされてもおかしくないとおもうのだが、残念なことに劣悪なマスクを大量に販売する業者もいる。

投機的な動きをする業者が過剰在庫を抱え、倉庫代の負担に耐え切れず、焼却処分するなどの事態もこれまで多発した。さらに営業不振で投げ売りする業者も見受けられた。

 

「鳥インフルエンザウイルス」は、アルコール消毒液では死なない。

十分な対策で、予防や蔓延防止対策を立ててもらいたい。

感染症対策なら、日本は東アジアでも一日の長がある。

かような分野の協力から東アジアの緊張緩和につなげられないものだろうか。

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