7月2013

1929年世界大恐慌をふりかえる2.

生活

 1929年の世界恐慌が起きた理由のひとつめは、「過剰な設備投資」であった。回収の見込みのない設備や施設や建物などへの大きな固定資産投資である。

キャピタル・ゲイン(資本的な利益)~評価益に期待して、資産の回転によってもたらされる実現収益に真摯に取り組まないような姿勢では、すぐに黒字倒産化しかねない。経営者であれば、不採算による撤退よりも黒字倒産による

倒産のほうが被害も大きいことを認識しているはずである。

ふたつめの理由は、「過度に強大化した信用経済」である。

1929年当時のアメリカの例でいえば、大陸横断鉄道の開通によって、アメリカ全土の物流が劇的に変わってしまった。生産された製品や商品は、より遠くの市場に届けられるようになった。鉄道の開通と同じように、鉄道にそって電信設備が拡大してゆき、こちらも通信手段が劇的に変わってしまった。

大陸横断鉄道と通信手段の発展によって、経済活動を支える「信用の創造」が大きく変わってしまった。鉄道ばかりでなく、周辺にも巨額の投資は行われていたに違いない。そして、市場の拡大にともない「与信」供与も現実よりも大きくなっていったことは想像できる。

そして、あるとき過剰で巨額の固定資産と投資によって築かれたダムが決壊した。さらに全米的に信用のネットワークが磐石だと思われていたにもかかわらず、消え去ってしまった。

 

ところで、採算がとれないのに新幹線網を築き、コンクリートと鉄骨で中国大陸に流動化しにくい資金のダムを築く。そして、市況をみれば供給過剰で十分な利益が出ないことがわかっているの生産設備投資を行い、さらに資金を固定化し堰き止める。形は違えども、1929年のアメリカにおける過剰な設備投資の状況とも似ているように思える。

当時のアメリカは、自動車産業や重工業が経済を牽引しており、必要な資金は株式市場や金融機関から湯水のごとくに供給されていたのである。ブラック・

マンデー以前は、株式市場も活況であった。

1929年当時のアメリカにおける通信手段の発展は、電話や電信によるものであったが、現在のインターネットのようなものであり、電信による経済活動をインターネットによるマーケテイングに置き換えてみればわかり良い。

当時と違いクレジットカード会社などがあり、保証制度の充実が段違いに異なるという点は、現在のシステムの優勢は明らかである。

ただし金融サービス会社は、世界規模で取引されている金融派生商品に取り込まれており、いつ何時に予想をはるかに超える損失に見舞われる可能性もある。中国に限らず、実は本質的な部分で、世界は危ういものを抱えている。

1929年の世界大恐慌をふりかえる1.

生活

 先ごろ、中国の第2四半期のGDP成長率の発表があった。

それによると対前年比7.5%ということである。「保八(対前年比8%の成長を

死守する)」スローガンで只管走ってきた中国にとって、下方修正は大変に勇気がいることであり、現実的に成長の大きさより成長の質への転換を前面に出して、今後、指導部が大きく動き始める兆しかも知れない。

さて、最近はとみに中国の経済指標が信頼をなくしてきている。

シャドーバンキング(影の銀行)が、世界中を不安にさせているが、不安の

大きな理由が、第一に中国首脳はシャドーバンキングによる融資総金額やそれによって生じた不良債権総額の実態をつかめていないはずだということであり、第二にそのために適切な政策を打ち出せないなずだということである。

さまざまに不安視される中国であるが、バブル経済崩壊が少なかくとも影響を世界経済に与えることは確かであろう。

ところで、1929年の世界恐慌以後も基本的な会計制度や株式の評価方法も変わっていないので、何が起きたのかについては十分に認識しておくべきだろう。

1929年のブラック・マンデーの直接的な原因は何かといえば、「過剰な固定資産への投資」と「信用経済の過度な膨張」だったは、経済史の専門書には

明確に記述があることだろう。7月中旬に差し掛かり、上海株式指標が高騰した。だが、安心はできない。株式暴落や通貨暴落直前に相場が高騰するのは、歴史的にもよくあることと証明されている。

 

中国の「鉄」生産を手がける大手を含む製鉄所は、前年には過剰生産による在庫によって市況が冷え込み、価格が大幅に落ち込んでいるにも限らず、生産量を減らさず、さらに生産体制を強化しようとしていた。セメント生産工場にしても同様である。在庫が過剰であるにもかかわらず、さらに設備投資に動いている。中央政府が懸念していても、地方政府や第三セクター事業による投資をさらに増やそうという動きは、なかなか止まりそうにない。

「固定資産への過剰な投資」は、川をせき止めダムにつくり、水を貯め下流への水流を大きく制限することに等しい。仮に資産を固定化しなけれれば、必要に応じて流動化し、言い方を変えると換金化し、水が必要なところにいつでも供給できる。下流で水が必要なところに水が行きわたらなければ枯れてしまうだろうし、枯れてしまえば再生できないことになりかねない。人間の体で言えば、心臓の大きさが変わらないのに、体だけが大きくなり心筋梗塞を起こして急死したり、脳溢血を起こして半身不随になるようなものである。

過剰な設備投資は、回収を困難にさせ、健全な経済活動を妨げるのである。

中国8都市の自動車販売制限の影響

生活

 習近平主席への政権交代以降、現体制が毛沢東体制回帰を促すかのような政策を実施にすることが現実に起こり驚かされる。たとえば、官における贅沢禁止令である。高級車ばかりか、成果に気をつかう官僚らによって、必要な資材の調達にも影響しかねず、実際に官儒に期待している業界団体は、極端な締め付けによって青息吐息だといわれている。官需向けの製品商品だから安心して製造販売できてきたというものもかなり多い。これらの業界は極端な政策によって壊滅状態に追い込まれているとも漏れ伝わってきている。

 

このたびは、北京や上海、広州の都市等8大都市において、自動車販売を禁止にするという政策が発表された。もともとは、PM2.5問題で注目された排気ガスや石炭燃焼にともなう微粒の浮遊物等の総量規制を行うというものである。

現実には、修正があるかもしれないが、衝撃の大きさはかなりのものである。

自動車を公害の敵とみなしているのだろうが、自動車は3万パーツにもいたる部品の調達で裾野の広い産業振興を果たすと同時に大きな雇用も確保する。この点を考えると経済に対する影響を軽視できないことだろう。

 

先ごろ、中国との新たなパートナーシップを築くと宣言した韓国朴政権。

総輸出金額の25%が対中国貿易である。その中でも自動車輸出は金額も大きく稼ぐ利益も大きい。ところが、自動車販売規制の発表によって一気に現代起亜自動車株が暴落してしまった。ちなみに当該グループの全自動車輸出金額に対する中国貿易の比率が20%とされている。北京、上海、広州の三大都市に販売輸出できないとなれば、投資家でなくてもかなりのショックを受けるに違いない。8大都市の中には貴州の貴陽市も含まれている。

所得平均や購買力平価から考えると、貴州の影響は低いようだが(安徽省などと同じように所得平均が低く、政策的な支援が多くされている)、むしろ官儒

を徹底してなくするというシンボリックな地域になるやしれない。

 

自動車の販売禁止をいとも容易く行うというのであれば、不動産バブル退治も行えるだろうか?。シャドーバンキング(影の銀行)による不動産投資は、地方政府と第三セクター方式事業による官主導のプロモーターが存在していたのは事実である。現政権の首脳陣も前政権でも程度の差はあれ、かかわっていたに違いない。ここで対応を誤ると金融不安を払拭できず、さらに信用経済創造に行き詰まる可能性がある。日本は不動産バブルを自らはじかせ、GDP対比7%の不良債権を処理し、後遺症から抜けるのに20年の月日を費やした。

強気の発言が目立つが、中国の問題処理の速度はいかがなものだろうか?。

本来、まだこれからの市場中国

生活

 中国富裕層の持てる暮らしぶりをNEWS画像などで見て、日本人の多くは驚かされたに違いない。彼らの所有するものは、驚くべき速度で形成されたに違いなく、日本に基盤を置いて暮らすものには、説明をつくしても理解のしようもないことだろう。

 

個人資産100万ドルを所有する中国人民が100万人を突破したといわれるのは、2011年とされている。いじわるな見方で不動産投資によるキャピタル・ゲインが消滅するに違いないとしても購買力平価で考えても、中国での資産所有は10万ドルでもたいした価値である。

 

今は下火だが、来日観光客の中国人の目当ては、メードインジャパンの買い物がほとんどだったといってよかった。買い物の動機には、中国以内での偽物

の出回りが多く、真に求める商品は日本で買いたいということがあった。さらに、マーケテイング上のミスマッチや日系メーカーの不作為もあった。具体的にいえば、進出企業の製品認可上の手続きの煩雑さから、需要を無視してメーカーの都合で仕様を決めて販売するプロダクト・アウトの発想から変わらない

業種も多かった。

つまり、同じブランド、同じ商品名ながら、中国と日本では品質が全く異なっていることがあり得るのである。驚くべきことに、現在もそのようなことは見受けられるのである。

 

富裕層が多く存在することもあるが、日本品質が保証されるなら、日本での

価格で購入することに抵抗を感じない層が明らかに存在するのである。事実、

彼らは尖閣問題があろうと、反日活動が先鋭化しようとそれらの購入は行いたいと考える層である。

 

先ごろ、花王グループで再建を目指していたカネボウ化粧品が、品質問題で

致命的な問題を起こし、賠償問題に注目が集まっているが、口をついて出る

「信じられない」は経営陣ではなくて、消費者のことばであるべきである。

資生堂も似たような事案が起きて、復活への軌道が未だ見えて来ない。

メーカーの都合で製造販売するプロダクト・アウトの発想には、驕りが生まれかねないのかもしれない。

中国の沿海側の大都市に行っても、女性の化粧品やファッション需要はこれらだという実感を持つ人は多いはずである。もっとも需要の大きい商品群、製品群それに繋がる原材料製造業の仕事はサービス業並にこれからの鉱脈である。

中国は、例えれば貧血気味の巨人?

生活

 先ごろ、会計学説史の「資本」の語源をご紹介した。

英語のCAPITAL、独語のKAPITALはともに「羊の頭」が語源である。

話は、中東の大昔の羊飼いに遡る。善良な羊飼いが、まじめに羊を世話をしていたら、いつの間にか子が産まれ殖えていた。つまり、唯一の財産であるオスとメスの羊を飼って世話をしていたら殖えていたと。

それ以後、増殖するものをCAPITAL(KAPITAL)~資本というようになったということである。資本は、経済的にあるいは物理的にも増殖するもののことであるから、少なくとも維持管理によって支出を大きく伴い、あるいは物理的な減耗を大きく伴い、大きく資産価値を減らすこと事態が考えられない。

そもそも収入を挙げる資本財であれば、投下利益率を無視することは理に反する。

ここのところ、シャドーバンキング(影の銀行)によって地方政府や第三セクター方式の事業が、不動産開発投資によるキャピタル・ゲイン(土地の値上がりにより資本的な利益獲得)狙いの計画ばかりで、安定した受益者による利用に対する支払いや採算が、十分にとれる事業として期待できるものがそもそも極めて少なかったことが明らかになってきた。

したがって、理財商品と呼ばれる高利回り(年利10%以上)の金融商品によって企画されて集められた資金に対する償還は、もともと計画段階から困難であったといいざるを得ない。本来、増殖するはずの羊がもともといなかったということになる。これからでも、未来に向かって大きく育つ羊を飼育すべきである。



さて、資本は心臓にも例えられる。それは、公的事業でも同じことである。

ならば資金は血液である。中国は、体が大きいにもかかわらず、細部まで血管が廻らず、貧血気味の巨人のようである。

貧血症のうちは、増血剤を投与したり、輸血を行うなどして事態の打開を図れるかも知れない。しかし、再生不良性貧血となれば、いくつく先は重体に陥り、死にいたる可能性もある。

患者の症状については、究極の個人情報であるから、第三者への情報開示はなされないのが普通であるが、家族が預かり知らない患者の外国からの金融機関からの借り入れや家族の認識のない友人知人からの借入金がある可能性は大いにあり得るので、これに対処すべきである。

さて、手術で病状を改善できることは多い。ただ、誰が執刀するのか?そして、誰が手術前の精密検査を十分に行うかは大きな問題である。病める巨人の

健康回復を図る主治医にすべての病根を認識できるかが問題である。

変わる中国市場。そして対中投資。

生活

  中国からの各種報告を聞いたり見たりしていると、事の本質を伝えずに、

事象だけを煽るように伝えているものが少なくない。ここは、じっくりと

俯瞰し、尖閣問題で反日活動が先鋭化したときから1年を振り返る余裕がほ

しい。

 

まず中国の行く末を悲観的に捉え、一方的に中国の衰退が始まったかの如

くに伝える報道がある。「中国は、高度経済成長の頂点で最高人口数を迎える

ことはない。つまり、人口ボーナスを享受できない。」それは、明らかである。

「経済は、循環するものである。長期の経済成長があっても、いつかは後

退期は訪れる。」問題は、それが緩やかに訪れるか、急激な傷みを伴うような

突然の来訪かというようなことである。山を登り、山を下ることは自然なこ

とである。

 

欧米だけでなく、日本から進出していた企業が、中国から撤退し、東南ア

ジア方面に展開している事実がある。これは、景気後退というより、中国の

経済成長に伴う人件費高騰があり、生産コスト競争重視の企業であれば、よ

り人件費の低い地域に進出することは自然なことであり、さほど問題ではな

い。ただ今後、中国は徐々に労働賃金の低さを魅力に打ち出せない国になる

ことだろう。

 

日本から中国への投資額が減ってきていることは事実である。

確かに尖閣問題が影響していることは否めないがそれだけではない。かなり

広範にわたり投資は行われてきたので、高い付加価値を必要としない業種な

どは、中国が外国資本や外国技術に頼る必要がなくなってきていることは事

実だと思われる。投資しても利益の稼得には繋がるまい。

20年前、10年前からすれば、中国人民の所得もかなり向上してきてお

り、教育分野や美容分野などをはじめ、サービス業への投資はかなり増えて

きていることは明らかである。ホテルのような施設を別にすれば、サービス

業ほどは投資を必要としないはずである。

 

景気後退をいわれながらも中国では、新車の自動車販売台数は伸びてきて  た。面子を重んじる国だけに、高級車の需要は高い(官の需要は贅沢禁止令以後急速に冷え込んでいる)。ましてや個人レベルの消費では、クオリテイライフの向上を考える層の需要が根強いものとも思われる。12億を超える人々の市場である。絶対的にある各種需要も大きいはずである。よくよく観察したい。

祈り

生活

 美智子皇后陛下が、かねてから「皇室は、祈りでありたい」と申されていることを、かつての報道番組で知った。皇后陛下は、民間から皇室に入られ、皇室と国民のかかわり方に、さまざまな思いをめぐらせてこられたことだろう。

夏期こそは、美智子皇后陛下の申される祈りが、多くのこの国の民の祈りと

強く結びつく時に違いない。日本の夏期は、遠く先祖らに思いを馳せる旧暦の盂蘭盆会~東京は7月13日から3日間、地方は月遅れで8月13日から3日間(お盆)。恒久平和を求めてやまない戦没者慰霊、終戦記念日、原爆忌もあり、逝く夏を見送りながら祈りを捧げ、願いを託すにふさわしい節目が重なり連なる。

 

「祈り」は、本来の意味としては、きわめて積極的な自己宣言である。

なぜなら、「祈り」「いのり」の「い」は、古来、自分自身を意味する言葉である。「のり」は、祝詞(のりと)の「のり」である。宣言するということである。

宣言は、なにも広く世間に対してでなくてよいはずである。「先祖」に対して

「どうぞ、やりとげますから、そこで安心して見ていてください。」でもよいはずである。何を誓い宣言するのかは、人さまざまだろうが自分を含めて他者までが救われる「祈り」であってほしいと願ってやまない。

 

人生における成功者の意味は、経済的あるいは物質的な獲得に限らない筈だ。が、ここ数十年の趨勢は、単に持てる者、富める者を人生の勝者のように賞賛をおくる傾向にあった。本来、人の数だけ夢があり幸せがある筈である。加えて、人間には多様性があり、そのことで創造的に迷い悩むということもあった筈である。東日本大震災被災以後、日本人の幸福に関する認識に大きく変化が

現れてきている。

人生の成功者といわれる方には、いくつかの共通点があるとさまざまな著作につづってある。注目したいのは、以下の二つ。第一は、やりたいこと願っていることや行きたいところのリストを作ることをしていたとういうこと。リストを若い時から作る習慣があったということである。そして、二つめは空想、瞑想、そして「祈り」の習慣があったということである。「月に行ってみたい」と本気に空想したり、「非暴力平和構築実現」の様子を瞑想した人間がいてこそ、それらは叶ったに違いない。辛く苦しく切ない時にあって、祈って願って与えて得られた幸せをかみ締めながら、市井の一角で人の幸せのために奮闘している人も多いはずである。祈って叶わないものは無いというのだから、25代も遡れば1億の数の人間も一組の男女の先祖に辿り着くのだから、隣人知人の幸せのために祈れる境涯になりたいものである。「幸せ」は、平安時代まで「仕合わせ」と書いていたそうである。なるほど、ひとりぼっちの幸せなど想像できない。分かち合える者と仕えあってこその「幸せ」に違いあるまい。

中国の経済成長の二つのエンジン

生活

  6月からの上海株式指数の度重なる暴落やシャドーバンキング(影の銀行)

に関する報道が、繰り返しメデイアより中国経済の失速懸念とともに伝えら

れてきていた。予想はされてはいたが、報道規制が当局によって敷かれた。  今後は、漏れ聞こえてくる情報を元に推測してゆくしかないのだろうか。

 

ところで1980年代からの改革開放経済を、これまでの三十数年を振りかえって見ると、結局は「不動産投資」と「公共投資」の二つのエンジンだけの動力で突き進んでいたように思われる。社会主義市場経済といわれてきた体制だけに、大きな経済成長(GDP換算に大きな数字となって現れる)不動産投資や公共投資が先導するのは自然ななりゆきだと考える。また、輸出で得た外貨にバランスして国債を発行して、金融機関に貸し付けることも理解できる。しかし、その先が不動産投資、地方政府を中心にした公共投資にほとんど集中していたとすれば、いたずらに経済信用が膨らみすぎる可能性が排除できず、今日のような状況を招きかねないことは予想できたはずである。

 

然ることであれば、なぜブレーキをかけることを為政者はしなかったのだろうか?。やはり、突き詰めると政治体制(体質的なもの)によるのだろうか。

地方の共産党書記や地方首長は、共産党中央や中央政府より任命され、有る程度の自由裁量をもって赴任していると思われる。赴任に当たっては、「経済成長のノルマをGDP換算で必達するよう」、激を飛ばされていることは想像できる。国有金融機関である即ち中国銀行、中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行からは、同じく国有企業に低い利息で貸し付けられるが、それ以外の資金需要に対しては、国有金融機関の正規融資ではなく、信託会社やノンバンクや闇金融業者によって資金供給されている。

 

当然、融資には担保や保証人は必要であり、融資規模に似合った用意がなされてきたはずである。しかしながら、本年6月に入ってから漏れ伝わってきたように、満期を迎える金融商品の返済原資がそろわなかったり、多くの預金者の希望引き出し金額を揃えられないことから預金引き出し機の休止などがおきれば、それだけでも社会不安が拡がるはずである。ここに至っては、大口融資先の借り換え手続きなどで危機回避を行うことも考えられるが、実はこれまでも不良債権発生を隠すために、借り換え手続きは繰りかえされており、借り換え需要に現実の金融が追いつきそうにないこともわかってきた。自由経済体制であれば、不良債権処理や企業倒産や個人破産に伴う処理は普通に行われる。しかし官僚や党幹部の面子や責任問題もあり、事は簡単ではないようである。

幸福と価値創造

生活

 暑い夏がやってくるとアジアの多くの仏教国では、盂蘭盆会の仏事が行われる。大方、祖霊を偲び、自らの人生を省みて、命の尊さを認識する仏事である。

故郷のあるものは、帰省を試みて、墓参りをしたいと願う。

それが適わないものも寺を訪ねたり、仏壇にお供えをしようとする。

そして、原爆忌も廻ってくる。日ごろ、考えの及ばない、自分自身の生き方

の問題や疎遠になっている親戚縁者に音信を試みてみたらいかがだろうか。

 

その昔、地上に初めて貨幣が生まれた時、中東から東アジア諸国にかけて、最初の貨幣を「羊の頭」にしていたことがあった。誰しもが羊を飼い、身近な存在であったし、貴重な蛋白源であった。羊は、まじめに飼うとそれに応えて繁殖する。羊がよく増殖する様から羊の頭を語源に、CAPITAL(資本・元手)ということばが生まれた。他方、古代の貨幣が貴金属によらなかった時、石や木の実、貝などを用いていたことは、子ども達にも広く知られている。それらは、必然的に等価交換や三角取引などに応える機能を持つようになった。

ある時、市場に強者が現れ、流通や生産にかかわりなく、金融サービスを商品にするようになった。利息は、市場からの調達方法によって課せられる信任の投票のような存在になった。

 

さて、1929年の世界恐慌の原因を企業経営的な観点から理由をあげると、会計説史では、「信用経済の破綻」と「過度の固定資産の増大」があげられる。信用経済の破綻は、大陸横断鉄道などの大量輸送手段が発展し、遠方との大量取引に与信不十分の掛売りが常態化し、企業の帳簿は見掛けの売上や利益だらけになっていった。他方、生産財に対する投資は、景気を支えるためにとても重要ではある。しかし、ダム機能に例えると水を堰止め、下流に十分な水を行き届かせないような場合も出てくる。人の体に例えると、心臓と血液の関係のようでもある。この場合、行く末は死を意味する再生不良性貧血である。かようなことは、歴史や経験、知識に学べば十分に認識できたはずである。にもかかわらず、今回のアメリカ発金融経済恐慌の危機は、事前に十分な回避努力がされたと言い難く、対応策も効果が発揮されたとも言い難い。金融工学を駆使してとか、リスクヘッジを十分に行うなどという言い方に、人々の暮らしの安寧を願う気持ちなど織り込まれていたのだろうか。

 

貨幣が生み出された時から、世界市民が互いに支えあう仕組みを真剣に考える機会は、存在したのだろうか。人の幸福と価値創造について問うてみたいものである。

韓国は、中国との関係発展で苦境を凌げるか

生活

 ここのところ、朴大統領ならびに周辺からの日本批判発言が盛んに繰り返

されている。他方、中国との関係は蜜月を強調する報道が圧倒的である。

中国とは、経済面ではスワップ協定(通貨交換)の拡大と継続、さらにFTA

(自由貿易協定)協議の推進が成果として際立っている。経済活動では、輸出依存の韓国にとって中国は、全輸出金額比で25%相当でもあり、スワップ協定の拡大やFTA協議拡大は、大きな利益恩恵をもたらすことだろう。反面、シャドーバンキング(影の銀行)問題や信用経済拡大の限界に差しかかっているような中国には、思うような期待が寄せられない可能性がある。

また、安全保障面でも中国との関係を深化強化させたいようだが、北朝鮮と

友好関係の深い中国に安全保障面での関係発展に大きく期待できるはずもない。

 

韓国の経済は、1997年の通貨危機、2008年のリーマンショック時より深刻な事態であると見ている専門家も多い。実は、2008年のリーマンショック時には通貨危機を再び起こしそうだった寸前でアメリカに結果的に助けられたという見方をする専門家が多いのだという。

ところでアベノミクス政策によるウォン高円安によって、輸出競争力のなくなった韓国は、経済的ダメージが大きいと考えられているが、経済民主化を説いて当選した朴大統領にとって、内需拡大の図れない現況では目標達成が難しい。韓国は、IT分野や自動車生産の製造工作機械や重要部品を日本から輸入し、

実質ウォン安誘導の為替管理によって、相対的に日本をはじめとする国々との輸出競争に勝ってきた。

しかし内需拡大に投資は向かわず、相対的に輸出力の高い産業は、工場を海外移転させるなど国内雇用や税増収に結びついていない。

国民生活に必要品は、主として日本からの輸入に頼っており、需要の大きい化学プラントなどは日系企業の投資が大きい。

さて韓国は、内需不振がここにきて際立っている。力のある財閥企業の投資が国内に向かわず、税収も上がらないので当然のことではあるが。したがって、

国内投資環境の向上は見込めず悪化傾向、ウォン高で輸出は不振、生産コストが割高で不振といった貿易概況にある。さらにここにきて、韓国の家計債務がここにきて悪化している。960兆ウォン(85兆円)に上るという。それも内需不振のために不良債権化しているという。家計債務は、低所得者と高齢者に集中する傾向にある。まもなく超高齢社会に突入する韓国の高齢者の半分は、生活困窮者といわれている。家庭債務金額の深刻さについていえば、韓国GDP比89%という高さである。苦境というより、深刻というしかない。朴大統領は、中国との関係発展や対日批判で、国民の批判を簡単にかわせそうにない。

 



 

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