8月2013

規模拡大しか生き残るすべしかないのか?中国鉄鋼業界

生活

 本コラムでも数回に分けて問題を挙げてきたが、中国鉄鋼業界の話である。

昨2012年末の鉄鋼生産能力について、中国鋼鉄工業協会の発表によれば、

中国国内の鋼鉄生産能力が、約9.76億トンで統計上での鋼鉄生産量は、

7.31億トン、設備稼働率にして74.9%とのことである。

 

ここのところ、中国の鉄鋼生産が過剰であり、不良在庫の問題が大きく取り上げてこられている。設備は、生産効率の悪いもの、生産手段の古いものが更新されてゆくものである。

国家発展改革委員会と工業情報部の発表である。

公開された資料によれば、2006年から2012年の間に廃棄された生産

設備、つまり鉄鋼製造能力は1億トン、製鉄能力は1.6億トンとされている。

また粗鋼生産設備は7600万トンとされている。

驚くべきは、この間、新設された設備が4.4億トンに上るということである。今後3年間にさらに新しく増える生産能力が廃棄される生産設備の6倍にも上るということである。

 

過剰在庫、過剰生産設備投資のつけは重たく、「1トンの鉄鋼を売ってもアイスクリームも買えない」とまでいわれるほど、鉄鋼の市況が悪化しているにも

かかわらず、無謀な設備計画や増産計画が止まらない。

 

中国の鉄鋼消費量について、中国鋼鉄工業協会の予測は、ピーク時で7.3億トンから7.8億トン(2012年度は、6.7億トンから6.8億トン)

としている。現実の需要をはるかに超えて生産能力が増えているのは確実で

ある。商品市況を悪化させないためのも業界全体で生産能力や供給について

真剣に議論されてしかるべきところである。

 

政府首脳は、すでに過剰設備投資、過剰生産在庫について危惧しており、

積極的に古い生産設備の廃棄を推進しているという。

しかしながら、そのような設備投資や過剰在庫について共通認識があるにも

かかわらず、設備の新設が止まらずにいる。それは、どういう理由なのだろうか。大手の鉄鋼生産企業は、市場寡占の状態にあり、巨大な雇用を行い、周辺

に既得権益を大きく抱えている。いいかたを換えて、誤解を恐れずにいうと「つぶすにつぶせない」。巨大すぎて、単独の省庁が指導を行って是正させるような

状態にないということであろうか。中国の鉄鋼生産量は、鉄鉱石なども含めて世界市況に対する影響がはかりしれない。世界経済に暗雲が立ち起こっている。

安すぎるといわれる中国水道料金

生活

 中国では、「安すぎるといわれる水道料金が、水不足や水質汚染に拍車

をかけているのではないか?」という考え方が一部で定着している。

例えば、これまで本コラムで取り上げた経済問題で、中国の消費経済を

支え、内需拡大の主役であるのは、3億人の中産階級の人々であると数回

これまで紹介した。他方、きれいな安全な水、安心な水が供給されずに健康 被害に怯える人々の数も3億人と推計されている。

日本は水資源の豊かな国に分類されているが、急峻な山谷も多く、降水が

急ぎ海に下る地形が多い。世界に冠たる工業国であるが、水資源を汚さない

ように工業用水の源泉の確保や工場廃水には厳しい基準で指導を受けてきた。

古い水道管などのインフラ再整備問題はあるが、概ね比較的易く安心安全

な水道水が各家庭に引かれている。

 

さて、北京市の水道料金は現況、1トン当たり4人民元である。

凡そ1トンを日本円で60円程度で使用できるため、湯水の如く使われてきたという批判がある。北京では、水不足のため渤海の沖合い270キロの水深15メートルからパイプラインで海水を引き込み、真水に変えて日に100万トンの飲料水にして早ければ3年以内に実現するという計画がある。欧州でも水

資源の不足する国では海水を真水処理して供給している。この点は違和感はないが、プロジェクト完成後の水道料金の見込みは、1トン当たり7~8人民元

ではないかといわれている。

 

世界銀行によれば、水道料金の適正価格というものに対する提言がある。

それによると、水道料金の適正価格は、可処分所得の3%から5%程度であるという。それ以下であれば、水資源の浪費につながりかねないと警鐘を鳴らしている。中国の場合は、およそ可処分所得の1%程度であり、まさにこれに当たる。全人口のうち、安全安心な水が飲める人口が全体の3%程度といわれている中国では、あまりにもバランスを欠いた価格設定だろう。

水不足から経済先進地域の水道料金値上げの動きも出てきた。上海市、武漢

市、南京市、東莞市等である。うち上海市は30%の値上げについて議会審議と公聴会が6月にあったということで近く実施の見込みである。

ただ、水道料金とは上水のことである。中国の場合、下水処理の問題が大きく、水資源の汚染をとめられない原因に大きくつながっている。有害化学物質

が十分に処理できないまま垂流されている状況である。

経済成長を促す中国得意の公共投資ということであれば、適正水道料金を前提にして、収益力のある確実な回収見込みのある良い投資になると思うのだが。

美しい初夏から晩秋の田園風景

生活

 二宮尊徳ではないが、この秋の天候が気になって田の様子に関心がいく。

時は、「さつき」から「みなつき」に遡る。旧暦の「さつき」は、「皐月」と書くが、さつきの「さ」はこれまでも稲作を意味する古来のことばと紹介してきた。だから「皐月」は、古来より大切に育てた稲の苗を田に植えるとても大事な時節だった。先日も書いたが、日本人が桜を大切に思うのは、情緒的に訴求力のある花の美しさ以外に「田植え」の時期をうかがうために、桜の花が必要だったからと推量される。桜は、日本のあちらこちらで山から里へ移され、人の思いを受け止めながら、多くの願いに応えていくつもの品種を生んできた。日本人は、命をつなぐために、幾世代にも渡って愛しく桜を眺めてきた。そして、遺伝子の中に桜を思う気持ちが刷り込まれているのではあるまいか。

今年は、旧暦のさつき以降梅雨明けが早く、雨が少なかった。

十分に大地に雨が降る注がないうちに炎暑の夏がきた。当然大地は干上がる。

 

さて、初夏から晩秋の季節の移り変わりは、欧米人が美しく思う日本の田園風景が主役の景観である。欧米人が憧憬とする田園風景といっても、緯度の高い北海道のなだらかな丘陵の小麦畑のことではない。水を満々と湛えた田が連なる風景のことである。

田のそばにある小高い山は、たいてい手入れが行き届いた里山である。

里山は、幾世代にもわたって分別のある手入れによって、適度な自然が守られてきた。その里山と田が、小さな動植物を養い食物連鎖と自浄能力を兼ね備えた循環機能を保ってきた。

 

欧米人には、田が治水に優れた東洋人の智恵とは思えないだろう。しかし、水を満々と湛えた美しさをわかってもらえることを素直に喜びたい。晴れた日、水面の上に青い空が映る。そして、雲が風に押されて流れて行く様子が映る。

「みなつき」という。「水無月」と書く。水がないと書くが、田は満々と水を湛えている。「水無月」は、「霜月」が「神無月」の「上月」に対する「下月」のように当て字である。水無月と書くより「水月」と書いて「みなつき」と読ませたほうがとおりが良いように思える。

 

ところで、中国四国地方には、幸いなことに美しい千枚田が広がっている。

千枚田は、下から石を積み上げて作る日本のピラミッドである。傾きがあれば水が枯れて稲は肥えず、また歪があれば崩れて落ちる怖さがある。

日本人は、自然と折り合いをつけながら、多くの実りを得てきた。

たとえば、石を積み上げられてつくられた千枚田は、治水に優れるばかりではない。上から下に絶えず流れる「冷かけ水」は、本来より大きく日格差(温度差)を生む。先人の智恵によって、ゆるやかに流れる水が、米の栄養や旨味を閉じ込めているのだ。たまには、瑞穂の国の青く美しい稲田を眺めていたい。

 

この秋は 雨か嵐か 知らねども 今日の勤めの 田草とるなり(尊徳)

北京オリンピック開幕準備前から未解決の水問題

生活

 8月8日は、北京オリンピック開幕後5年の記念日であった。八・八・八

(發・發・發)の音が縁起が良いと八月八日午後八時開幕であった。真夏の祭  典ということもあり、また水不足を少しでも解消しようと人口降雨が毎日の ように試みられていたのを記憶している人も多い。

人口降雨は、便利でもあり、さぞかし成果が喜ばれると思いきやそうでもない。たいへんな不満のもとになっていたのである。なぜか?、理由を聞くと合点がゆく。

銀を含む化学物質をロケットで空に打ち上げると、それが水蒸気を集める芯

を形成し、周辺から水蒸気をかき集め、やがて雨になって地上に落ちてゆくということになる。問題は、雨が落ちる地域以外の周辺地の不満である。

周辺の「雨の素」を集めてしまう降雨ロケットは、打ち上げられるごとに周

辺の素を根こそぎ搔き集めてしまうので、水不足で困っている地域からさらに雨を遠ざけてしまい。住民感情が危ない状況に陥ったと聞いた。つまり、北京市周辺の河北省地域であり、天津市のことである。

ここのところ、中国沿海部の大都市をはじめ記録的な猛暑が続いている。

水不足で苦しむ中国には、厳しい事態が生じる可能性もある。本コラムで、中国の水不足、水質汚染、南水北調等続けて水の問題を取りあげてきた。おさらいをしてみたい。

中国の水資源は、ひとり頭2000㎥といわれている(国連調査報告)。これは、世界平均の4分の1という低いレベルである。中国は、極度に水が不足する地域に属している。具体的には、31行政区画のうち16区画が重度の不足。

さらに6つの区画が極度の不足地域である。その区画とは、「河北」、「山東」、「

河南」、「山西」、「江蘇」といった北京や上海周辺の地域が含まれており、水不足は、近未来に大きなダメージをもたらすということが容易に想像できる。

 

すでに、「安全安心な水」を確保できている人々は、全人口の3%程度ともい

われている。つまり、安全安心な飲料に適した水を確保できないにもかかわらず、経済第一優先で走る中国は、地下水まで有害な工場排水を垂れ流し、農地にも収穫第一で施肥された農薬が土壌や河川を汚染し続けているということである。石油を血の一滴と表現していた時代があったが、水はそれ以上である。

中国の水不足は、実は中国の誇るGDPを明らかに毎年2%から3%を押し下げているという指摘もある。これは、大げさではないと思われる。なぜなら、「生態移民」という「水不足」により住み慣れた土地を離れてゆく人々に対することばまで定着しているいためである。巨万の富を誇る富裕層も安心できまい。中国の公共投資と不動産投資は相変わらずだが、水資源開発投資は耳にしない。

ひと月遅れの七夕

生活

 七夕は、いわずと知れた7月7日だが、地方の方々には旧暦の7月7日に因む8月7日の方がなじみ深いことだろう。事実、旧暦の7月7日のことだから、8月7日の方が季節感でとらえてもふさわしいに違いない。

新暦の7月7日では、梅雨時のさなかで、宙を仰いでも主役の牽牛も織姫、さらに天の川さえもすっきりと眼で捉えられまい。これでは、カササギ(橋を架けるのに活躍する無数の鳥たち)も活躍のしようもないことだろう。

 

時は遡る事1990年代の前半。勇躍する巨大な竜になぞらえた、この国はやりの現象があった。それは、以前も本コラムでふれた「七夕婚」、またの名を「カササギ婚」のことである。1980年代後半から徐々に加速した中国の改革解放経済路線の中、食えない地方の若者は沿海の経済特区に参集し、職を求めて血眼になっていた。基本的に中国、とくに地方では結婚するのに地域共産党幹部の承認や職場責任者の承認が必要で、結婚するために多くの気遣いや金品散財がなされた。ゴールまで辿るのに楽ではない結婚をしたカップルは、生活のために別れ別れで働き、年に一度逢うなどの環境におかれ、「七夕婚」または「カササギ婚」と言われていた。

 

小生が、1990年代に国際協力で請われて、何度も中国西部内陸部に派遣された。機会があって、質素ではあるが暖かく心がこもった結婚披露宴に呼ばれたことも多くある。新郎新婦が招待客に、男性にはタバコが一本づつと女性と子どもには飴が一個づつ手渡しされる。時にふと、仕事のために分かれて暮らしたそれら夫妻のその後が気になる。「七夕婚」は、気持ちの通いを疎んじ、多くの離婚を経済繁栄と引き換えたからである。多くの父親は、その娘が生まれたときに、健やかな成長と良縁を祈り酒を仕込む。佳き日。父は、甕を一瞬ためらいがらも、思いの丈で穿ち酒を振舞う。実に、「老酒」(らおちゅう)はこのような酒であり、左党を喜ばすための存在だけにあるのでは断じてない。披露宴では、その酒が万感を呑み込んでしまう。

 

かかわった「中国工場近代化プロジェクト」とは、日本の技術や技能の移転を行い2001年に20年間の永きに渡る業務を完了した。対中国のODA(政府開発援助・Official Development Assistance)は、円借款中心で、無償援助も含め金額的には物の援助が大方だった。技術技能の国際協力は、中国地方社会の指導層や中堅層と日本人専門家が寝食をともにして目標を達成するというものだった。

現在、反日とか抗日とか言われる表現が耳に障るが、海外青年協力隊や派遣専門家に対する感謝と賞賛の声はいたるところで未だに耳にする事が出来る。やはり、人的資源は偉大である。これからもODAの仕組みの発展と国際協力に対する思想と誇りを育ててもらいたいものである。

 

中国の経済成長減速は、良い影響もある

生活

2013年に入り、中国が世界を驚かせたのは、PM2.5禍ではなかろうか?

要するに「経済効率優先」、「不十分な環境対策」が前面に現れていると思わ

れるが、背景にあるものはGDP比成長率を向上させることに有利な分野へ

の投資、官主体の経済発展に寄与する投資ということではなかろうか?。

官主体、党主導の投資であれば、環境破壊への対応や周辺で生活する人民

への配慮は不十分であったと言われても仕方あるまい。

 

ところで官主体党主導の投資とは、不動産投資であり、採算を度外視した

産業への投資に偏っていたといわざるを得ない。

中国の富裕層とは、まぎれもなく殆どが地方を含み高級官吏または地方も

含む共産党幹部である。不動産開発投資によってキャピタル・ゲインを享受

し、あるいは国や地域を代表する重厚長大産業企業への投資により、周辺の

利権で潤った人々である。

産み出された富には大きな偏りがあり、全体から見れば巨万の富が僅かな

数の人々に集中してしまい、世界で最も大きな格差を生む社会になってしま

った。所得の大きい最上位都市生活者の10%の層の所得は、最下位10%

の生活者の所得の平均で23倍であるという統計もある。格差を示す統計数値

にジニ係数があるが、暴動の起きる可能性の高い途上国で危惧される2.0

にほぼ近いといわれている。投資のスピードを緩めず、投資分野を熟慮せず、

債権回収状況を精査することをしなければ、格差がいよいよ拡大し、社会

不安を大きくする一方であるに違いない。

GDP比成長速度の減速を機会に、様々な政策を見直すことは、国土の均衡

や社会福祉の実現のためには良い機会になるや知れない。

 

先ごろ、止まらない高速鉄道網建設と高速道路網建設のことを書いた。

沿海の大都市に比べ、西部内陸部の都市のインフラ整備は、十分とはいえな

い。格差は、都市戸籍者と農民戸籍者に留まらず、都市と都市、地域と地域、

まで及んで拡がる一方である。親が苦労して子を大学卒業させても内定者

が30%程度に留まる。医療保険制度も十分ではなく、重病者がいる家庭

が破産するのは日常の風景である。年金制度も育たず、親の扶養を子の義

務化する法案で凌げるものでもない。

先の金融改革宣言によって、社会の血液循環に明るい日差しも見えてき

そうである(金利下限撤廃)。成長速度の減速は、社会的弱者へも視線が

届きやすい速度に違いない。速度の切り替えが、これまで以上に成長の質

の転換を期待させ、社会的な弱者に希望の光が当たるようにと願いたい。

中国版:痛みをともなう構造改革の影響

生活

 習近平・李克強体制に移行後、経済面ではあまり良い報道が伝わってこ

ない。「没問題(問題ない)」と経済担当責任者の李克強総理は、ことある

ごとに発言するが、中国に縁のある人は、中国人のいう「没問題」がいか

に「有問題」を意味することかと雄弁に語ってくれることだろう。



このところ、中国との貿易高の多い日本だけでなく、国際機関などが積

極的に、中国の経済構造改革への期待と不安を表明している。

サブプライムローン禍やリーマンショック禍以後、世界経済はひとり好

調な中国に期待し、事実その成長の恩恵に浴してきたことは紛れもない事

実である。それだけに、中国の景気後退や調整局面という情報には過度に

反応してしまうのもいたし方ないだろう。

シャドーバンキング問題の解決は簡単ではないが、「短期的には不良債

権金額が増えないように」は理に適っている。また、貸出金利の下限撤

廃も金融改革へのメッセージとしても効果的だったと思われる。李克強

総理の強い意志も伺われるのだが、巨大な体の心臓手術や輸血をおこなう

ようなものである。効果が出でるには時間がかかるし、痛みや出血も当然

である。



たとえば、不採算事業への貸しつけが多く、巨額の不良在庫に繋がって

いる鉄鋼産業、セメント産業や建築資材関連への資金供給のパイプが細る

こともいたし方ないと思われるが、裾野が広く雇用力も大きい産業なので

影響が大きいに違いない。これだけで、GDPを1%程度は押し下げてしま

うかも知れない。

鉄鋼産業が細れば、資源関係の輸入商社や輸送業界にも影響が避けられ

ないだろう。李総理の信用に値する指標である「鉄道輸送」、「電力消費量」

そして「銀行融資残高」にも影響は必死である。これもGDPを1%程度は

押し下げるだろう。

ここまでくれば、巨大産業周辺の雇用や付加価値生産のマイナス金額は

大きくなり、これもGDPを1%程度押し下げるや知れない。つまり、GDP

比で昨年実績のマイナス3%程度にはなってもおかしくなさそうだ。

仮に中国がそこまで成長率が落ち込んだ場合、鉄鋼や鉄鉱石の国際市況

が半額以下、原油価格も1バレル70ドル(現況では100ドル以上で買

付予約)になるという予想もある。そうなると資源国の経済も直撃されか

ねず、新興国の成長環境も激変させてしまう可能性もある。つまり、中国が

ハードランディグしなくても、影響を受ける国々がハードランディグして

しまいそうになりかねない。中国の経済政策は、世界経済を左右する経済政

策である。

中国の景気後退と重くのしかかる急激な高齢化

生活

 中国ほどの大国であれば、経済成長率のわずか数%のマイナスであっても、かなり大きな衝撃となって波及することが想像できる。現在、景気後退とも調整期ともいわれているが、最大人口の時を迎えず、景気が右肩上がりとならず、

中国は豊かさの頂点に辿りつかずに急激な高齢化社会を迎える。

2013年、中国は60歳以上の高齢者が2億人を突破したという。

これはおよぞ全人口比で15%相当にあたる。中国においては、中高年の雇用

環境は整っておらず、社会福祉政策も十分であるとは言いがたい。親孝行を

法律で義務化する動きもあったが、なにせ一人っ子政策下で結婚した男女は、

2人で4人の親と8人の祖父母を持つ身となる。精神的な負担だけでも相当なものである。このままのペースで高齢化が進めば、2040年には二人の若者が一人の高齢者を支える社会構造になるといわれる。

2050年に、米国を越える超大国になるという見通しを立てている学者も

いるが、超高齢社会を抱える超大国は想像しがたい。超大国は、経済、軍事、

政治、文化など多方面にわたり多くの国家を凌駕する存在のことである。

 

さて、(少子)高齢化社会とは先進国の代名詞でもある。

誤解を恐れずにいえば、子どもを労働力と考え、親に尽くす財産と考える発展途上にある国とは異なり、また「質の高い教育」や「質の高い扶養」のために、自然と少子化高齢化に向かった先進国と異なり、中国の(少子)高齢化は、ひとりっ子政策を導入したときから、確実に到来が予想された社会である。

鄧小平元国家主席は、改革解放政策に舵を切らなければ、十億を超える人民の生活を豊かにすることができないと考え、様々な障害を乗り越えて改革を断行してきた。そのときに「先富論」つまり、先に豊かになれるものから豊かになれとのスローガンが国土の隅々まで伝播して行ったのだった。

今は亡き鄧小平元国家主席が現況を見てなんと評価することだろうか?。

統計に水増しがあったとしても経済成長率や外貨準備高の実績を見れば、感嘆の声を上げるような気がする。しかし、高齢者福祉をはじめとする社会福祉分野の制度運営には顔を覆いたくなるのではなかろうか。

 

共産主義の国である。平等な社会の実現や公共福祉の実現が得意な国家のはずである。近年、ようやく資産税(相続税)の導入も本格的に検討されてきているが、起業する民間人ではなく、利権にかかわる共産党幹部や官僚に財が集中する体制では、社会づくりの原資集めも難しいようだ。この先、労働生産年齢人口が急減する。法律も未整備であり、将来を見越した年金などの財源づくりは不透明である。中国は、坂道を重き荷を背負って登ってゆかねばならない。

懸念される韓国の銀行危機

生活

  ここのところ、韓国の貿易黒字が史上最大規模を達成され、対前年比GDP

成長率が、再び日本を逆転しそうな勢いだという景気のよい報道が漏れ伝わ

っている。

しかしながら韓国金融業界、ようするに銀行全体の経営状態が芳しくなく、

韓国首脳も心労が募っているように思われる。

昨2012年の韓国の銀行の純利益は、凡そ8兆7千億ウォン(約778

6億日本円)と発表されている。これは、一昨年2011年対比マイナス約

30%であった。そして本年第一四半期は、昨年同期と比較し、半減。今後

も同様な急落が続くと予想されている。



金融機関は、人体でいえば血液を送り出す心臓や循環器系の役割を担って

いる。銀行が経営不振陥ったりすれば、もともと国際的にも体力のない銀行

が多いために、韓国自体が苦境に陥りかねない。

米国のサブプライム禍やリーマンショック危機、さらには日本バブル経済

崩壊後の不良債権処理には、公的資金ようするに税金が惜しみなく投下され

た。金融機関が危機に陥れば、経済が生み出す信用創造や付加価値生産が簡

単に崩壊してしまうことを為政者がよく理解しているからである。



金融機関の建て直しは、ようするに利益をあげることにある。

貸し出し先を増やして利益をあげようとしても、輸出主導型経済下にあって

好調な産業が少ない。現在の貿易黒字は、輸入原材料や石油のコスト減によ

るところが大きく、付加価値増産や競争力強化によるものではない。

金融機関のコスト減は、体力の消耗がこれまでも大きく、成果を期待でき

ない。

家計債務金額総計が、すでにGDP総額と同等程度にまで殖えている。

家計消費は、企業活動のような再生産に結びつきにくい支出であり、あくま

でも消費でしかない。経済民主化に期待している国民が、給与削減などで協

力に簡単に応じるとも考えられない。



ウォン自体も国際通貨に育っておらず、金融界も国際化をさけびながらも

達成率が4%程度だといわれる。銀行経営強化のために血税を注げば、国民

に理解を得られにくいだろう。非正規雇用者が就労人口の60%以上になり、

大学新卒者の就労も名門大学出身者といえども厳しい状況が続く。安易な国

債発行は、通貨売り浴びせにつながりかねない。外資系企業の撤退も進みつ

つある。韓国に時間的猶予はあまりないようだ。いかに凌ぐのか韓国は。

世界四大文明のうち、今も続いているのは中国だけ

生活

 先週末、東洋美術鑑定の第一人者といわれる某大学名誉教授にお眼にかかった。小職が所属する水墨画団体主催展覧会の外部審査員をお願いしている方である。この春まで、某大学の東洋文化に関する研究所所長を勤められていた方である。美術作品の展覧会の場合、自然科学分野の実験や研究発表と異なり、優勝劣敗を決める絶対的なものさしのようなものがない。したがって、審査の質が問われるので、とくに外部審査員の招聘には力を入れる団体が多いはずである。

さて、この名誉教授に気になっていたことをお聞きした。「東洋美術、とくに中国美術鑑定や評価をおこなうようになった動機は何か?」ということである。その答えは、単純明快であった。「世界四大文明」のうち、現在もそれが伝承され、生かされて新たなものが創出されているのは、「中国」だけであると。いわれてみるとそのとおりなのである。ほかの文明を生み出した地域の人々は滅ぼされてしまっている。中国文明というより「黄河文明」といったほうがよいだろうか?中国文明は、最初黄河流域で発達し、しだいに長江流域や西安、重慶などの地域で独特の発達を遂げている。

日本人が毎朝食する米は、華中域で1万年以上前の種籾が発見されているといい、同様に茶については3千年前から茶畑用の茶の樹がつくられているという。とにかく、中国で生み出された文明は、とくにアジア全域に多大な影響を

残していることが明らかである。

 

ところで、この名誉教授に続いて伺ってみた。

中国から美術品鑑定が持ち込まれるようですが、”偽もの”が多くて大変で

はないか?と。また、今後このような分野(美術鑑定評価等)でいかに日本が貢献できるのでだろうか?と。答えは以下のとおりであった。

確かに偽ものが多く、国公立の博物館美術館のすべての展示物が100%偽ものというところも事実多く存在する。他方、貴重な美術品の宝庫も存在するのも事実。「良いものを発見、再評価できるのならそれは価値のあること」であると。日本は、世界の美術品についての研究が相当なレベルで継続されてきている。中国から鑑定評価依頼があるのは、日本が長年にわたって調査研究してきたからであって、中国が経済発展してきたといえども、美術作品の鑑定評価についての調査研究の蓄積には遠く及ばないと。中国由来の美術品は、日本のコレクターや美術機関が保有していたものが、圧倒的に信用されていることも事実であると。

さて、小職は対中国交流について、前出の事実からもぜひとも文化面から力をいれて行うべきと提言したいが、閲覧される諸氏はいかがお考えだろうか?。

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