9月2013

秋の気配

生活

 

 団塊世代の旗手のような歌手小田和正氏が、オフコースで活躍していた時代に「秋の気配」という名曲がある。氏にとっては、馴染みのある横浜あたりの秋景色が歌い込められている。が、歌詞をよく反芻してみると「秋」自体を歌いこんだことばが、意外と少ない。そこに歌いこまれていた詞は、「心にかかる霧」であり、また「霧をぬぐうように晴れた空を仰ぎたい心」。つまりは、心象的な秋の歌の感じが強いようだ。

「春雨」という言い方は、待ち望んだ春の到来に対する万人の思いを表しているのか、随分と古い時代から定着していた。それに対し、「秋雨」は江戸時代の中ごろからということだ。どうやら「秋雨」は、「春雨」を意識して、対抗軸に作られたことばのようだ、東国に対する西国のように。

「秋雨」ということばは、現代人には「秋雨前線」のイメージとつながりやすく、秋の深まりを知らせるのに必要不可欠な情景だろう。「春雨」は、眼前の情景を表し、「秋雨」は、心象風景を表すように感じられてならない。

 

水潦(みずたまり)  暮れゆく空と くれなゐの

紐を浮かべぬ 秋雨の後    石川 啄木

 

明治以降、歌人や文士らによって「秋雨」は、季語や季節の風物としてふさわしいかどうかという論議が巻き起こったようだ。結果として、啄木の美しく優れた歌が、その論争に終止符を打った。ことばは、使われながら生き続け、本来の意味や出辞からすると大胆に使われ方を変えることもよくあるようだ。

気象観測の世界での話だが、1キロ以上の遠くがぼんやりして見えない場合を「霧」として、それ以上見える場合は「靄(もや)」というそうである。

春は、「霞」という言い方が一般的で、秋は「霧」である。見通しが、四方八方利かない場合「五里霧中」というが、なるほど大変な状態である。

地球温暖化問題、食料問題、金融不安、地域紛争、国際テロ、原発問題、希少資源の奪い合いなど見通しの悪いことばかりが、本年前半でも目だっている。

国の行政をつかさどるところを戯言を言うようだが「霞ヶ関」というくらいだから、見通しが利かない情報が集っているのではと心配もしたくなる。

 

ところで、四季のうちで一番晴天が続くのが、不思議と霧の多い秋でもある。

そして、実りも多いのも秋である。秋台風は、強烈で被害も甚大だが、世界経済の潮目でも、はるか遠くに目を転じ、眦(まなじり)をあげて、秋から冬、

来年へと心の内側から備えたいものだ。厳冬も必ず春となるというのだから。