10月2013

タモリの赤塚不二夫氏弔辞が、白紙だった理由

生活

 今年も実りの秋に、季節が巡ってきた。惜しい人を亡くしたと思うことは毎年のようにある。暦を遡ると、大きく報道されたこともあったが、印象深いものにタモリの赤塚不二夫氏の葬儀での弔辞のことがある。森田一義アワー~個人の冠生番組でギネスもののタモリのお昼番組も来春で幕を閉じるらしい。

そのタモリ、最近はタモリ論なる大真面目な著作も発刊されて注目も浴びて

いるが、赤塚不二夫氏の葬儀でのタモリの弔辞のことが今なお鮮明な印象ともにある。

立派な弔辞であり、繰り返し報道されたニュースの映像から、「私もあなたの数多くの作品のひとつです」などの言葉などを聴くにつれ、なんと誠実で心のこもった弔辞だろうかと感心もした。ところが、ニュースの画像から見ると、どうも弔辞が書かれているはずのものが白紙にしか見えないので話題になった。

 

気になって、そのことをそれからWEB上で探していたら、某テレビ番組スタッフが確かめたという話が掲載されていた。事実は、やはり白紙を手にした勧進帳だったそうである。なぜ、そうなったかというと赤塚不二夫氏に捧げる弔辞なので、紙に書いてゆこうとしたそうである。ところが、前の日に痛飲したらしく、面倒くさくなり、「赤塚不二夫さんならギャグでいこう」と白紙の紙を読む勧進帳でやることにしたということであった。タモリ一流の照れなのかも知れない。このような話を聞くと、釈尊が、入滅したときに耐え難い悲しみから大酒を喰らって酩酊し、遺体の安置してある御堂に入れてもらえなかった地蔵尊のモデルになった男を思い出してしまう。

 

弔辞は、内容が素晴らしいということで、居合わせた記者らによって書き起こされた。一部メデイアで全文紹介されるというような扱いを受け、日に何度も、そして幾日もいろいろなメデイアで繰り返し取り上げられていた。その長さも8分なのだが、言葉に詰まることなく、抑え気味に読まれる言葉に真面目さが滲んで見えたようだった。冒頭の「赤塚先生」から始まり、赤塚富士夫氏との出会い、「私は、あなたにお世話になりながら、ひと言もお礼を言ったことがありません」「しかしいまお礼を言わさせていただきます」など平易な言葉で淡々と読み上げられていた。読み上げられた紙が、白紙だったとは。やはり、話すということにおいてタモリの言語脳機能は、まさに恐るべしである。

ところで、前出のタモリ曰く、「赤塚不二夫さんならギャグでいこう」なのだが、勧進帳のどこが「ギャグ」で「オチ」なのかである。

 

タモリ曰く、「俺のマネージャーの名前がトガシ」とのことである。

安宅の関の富樫左衛門のことに掛けて、ギャグの天才への弔辞を勧進帳でこなすなどとは、感心しきりとなってしまった。イヤミばりに、シェー!!。