11月2013

最高の人生の見つけ方

生活

 映画で「最高の人生を見つけ方」(2008年公開)という作品がある。

この映画は、お世話になった人生の先輩がお気に入りだったので、その方の命日が近づくと映画のことと人生の先輩のことを鮮明に思い出させてくれる。

その人生の先輩M氏が逝かれて、12月8日で丸5年となる。

10年前の夏に、癌の手術で胃を半分と腸を2メートルほど切除された。

ひとつの目安とされる術後5年の生存の壁をどうしても越えたいと日々懸命に生きておられた。目標に半年ほど及ばなかったが、負けず嫌いだったM氏のことなので、泉下で残念な思いをされていることだろうか。

 

M氏は、術後の生存5年を漫然と迎えるのではなく、意味をたくさん持たせたいとして、様々な目標を掲げられていた。たとえば、映画。アカデミー賞やカンヌ映画祭、ベルリン映画祭のグランプリ受賞作品は、リストアップして見ることを目標にされた。出来るだけ美しいものを見ておきたいのだと申されていた。そして、絵画。ご本人も水彩画を習っておられたが、東京の美術館で示される名画と言う名画は見ておきたいと意欲的に美術館を回っていらっしゃった。さらには、オペラやクラシックコンサート。これも世界的なオペラ歌手や演奏家、交響楽団の来日に合わせて劇場通いをされた。

 

M氏の体調が、亡くなる一月前くらいから思わしくなかった様子だったので、親の敵のように予定をやっつけていたものを余裕のあるように切り替えるようお勧めした。しかし、聞き入れていただけなかった。また、亡くなる2週間前のピアノコンサートのチケットを差し上げていたが、急に冷え込む夜となり、体調を考えて見合わせてはと、御願いを申し上げてお叱りを受けてしまった。残念なことに、実は、このときがM氏と最後に交わした言葉になってしまった。思うに、M氏は死期を感じ取られていたのかもしれない。

2008年の12月。幾分、体力は落とされていた様子だったが、自ら音頭を取り計画して、親戚一同と岐阜県の下呂温泉に旅行をなさった。

「最高の人生を見つける方法」という映画を見た後、M氏は車を買い替えておられた。「思い出したんだ、学生時代に日本中の温泉を回るって目標を立てたんだ」と。人によっては、なにもこの期に及んでと申されるかも知れない。人生の価値は、成功達成云々より、目標に果敢に挑む気持ちと計画立案する心構えにあるように思う。M氏は、計画どおりに親戚一同と天下の名湯に入り、帰京の途中、体調を崩され重篤に陥り逝かれてしまった。著名な外資系企業の日本進出にともない初代社長に。新しい時代のビジネスモデルの旗手をつとめられたが、公私ともに忙しい方だった。生真面目なご性分だったと思われる。小ぶりの手帳をマメに使いこなし、自分がやりたいと思ったことは、絶えずリストにし、それを目標計画に立案し、自らの哲学に照らして日々生きる暮らしぶりだった。学ぶことの多い御仁であった。どれだけ生きたかでがなく、どんなに生きたかが重要である。それを静かに思い返している。

大切なものは目に見えない

生活

 バン・クライバーン・コンクールで優勝した辻井伸行さんのことを思い出していた。ごく普通に視力が備わった一流のピアニストにも、こなすことが厳しい課題曲のあるコンクール。心身ともにタフで長丁場の戦いと報道されていた。

 

視力のある人と違い、譜面を見て演奏できない彼は、公平な条件下で審査が行われたとされても、唯ひとり初めて耳にした現代曲を暗譜しなければならなかった。それを同一条件、機会平等でコンクールは運営されたというのなら、彼の辿った道は、暗黒の荒野を行くようなもので想像してあまりある。天才と賞賛される辻井さんの見事な演奏、謙虚さが滲み出るような振る舞い、奢らず穏やか物言いなどをメデイアで幾度も拝見した。周囲への自然な気遣などもメデイアから拝聴し、感心するばかりだった。そして「もしも一日だけ目が見えたなら」とのインタビューの問いに、「両親の顔を見てみたい」という言葉と両親への感謝の思いを耳にして、もはや堪えきれず涙を禁じ得なかった。

 

彼をはじめて知ったのは、日曜日午前放送の某音楽番組。佐渡裕氏がナビゲーションするクラシック音楽の世界にあって、彼の演奏するピアノの音は、一音一音、脳内神経細胞に刻まれるように響く気がした。今回のコンクール中、お世話になったホームステイ先のペットの犬は、辻井さんの演奏がいたく気に入っていたようで、演奏中ずっとピアノの下にいたという。飼い主は、辻井さんの帰国後を心配し、辻井さんのCDを聞かせることにしたという。辻井さんの演奏には、聴力の優れた犬の心の襞にまで染み入る音があるのだろう。また、練習中ピアニストや関係者は、近所に気を使って部屋を締め切り、音が漏れないようにするものだが、近隣から「ドアと窓を開けて聞かせてほしい」と請われたという。賛辞だろうが、このようなことを比喩する言葉を私は知らない。

 

ピアノは、不思議だ。同じピアノで、同じ曲を同じ条件下で演奏しても、演奏者の違いがはっきり出る。鍵盤数は、普通88。低音域や高音域の音は、耳に入れづらい音である。穿った言い方をすれば、ピアノは、普段、人が耳にできる音を網羅して再現する玉手箱。人が、生きて心にとどめる感情を音で表現できる。音に備わる存在感や修辞力、演奏者の表現力と解釈力。音楽には、無限の可能性あるような気が本当にしてきた。

“サン・テグジュぺリ”の「星の王子さま」で、きつねさんが言うくだり、「大事なものは目に見えない」と。大事なものは、見るのではなくて感じるべきもの。あらゆるものが、混迷する世界。渇いた人の心に、潤いと鼓舞する音を辻井さんからお届けいただきたいものである。

裁判委員に審議内容の事前通知

生活

 本来、裁判員制度は法曹界とかけ離れていた市民感覚を斟酌したり、量刑に対する国民感情を反映させるなど、司法改革の目玉であったはずである。

「刑事裁判」の場合、有罪が確定したときに「検察」が、主張する量刑の「八掛け」を「判事」が判決時の主文に入れるなどと、まことしやかに漏れ聞こえてくる。よくも悪くも「判例」主義で、メデイアの司法記者であれば、おおよその判決文の予想がつくような雰囲気である。国民の権利の中に、誰でも平等に裁判を受ける権利があることを小学生でも知っているが、現況は国民感情などからは大きくかけ離れているといえるので、すこしでも国民の意識との距離を埋められればと願っている。

 

冤罪事件。被害者の取調べで、一般市民のもつ素朴な疑問にも十分対応しようとしたならば、多少なりとも冤罪は防げたはずである。なにしろ、証拠調べ以前に真犯人に先にありきという傾向がある。兄弟姉妹が、「犯人だと言っている」とか。「自白を勧めている」とか、平気で警察が話しを作っていたという話は漏れ伝わってくる。気の毒なのは、看病もできずに、無罪を知らせることもできなかったという年老いた父母らの思いだ。この種の悲劇は、慣れや思い込みが罪を作らせるといえよう。

幼児や児童の虐待。陰湿で悲惨。児童相談所は、警察ほどの強制力がないということを盾に、無作為を決め込んでいるように思える。他方、子どもを虐待して死に至らしめた場合でも、これまでの判例を見て、なんとも罪が軽いものだと思ってしまう。犯人の人権、更正の可能性にあまりにも気を使いすぎてはいないだろうか。大人が、大人を監禁、暴力を繰り返し死亡させるのことと違い。大人が、幼児を虐待し死に至らしめるのは、同じ命を奪うにしても意味が違うと思えて成らない。考えてみてほしい、背丈が自分の2倍や3倍もあり、体重が6倍から8倍あるような人間から暴力を受ける子どものことを。痛みがわからず子どもを殺してしまう大人。弁護士が、幼児期に受けた暴力が原因で人格がいびつになったとか言って品の無い弁護を繰り返す。殺された子どもらの魂は、浮かばれない。先ごろ、実母とその内縁の夫に虐待され衰弱死、遺棄された松本聖香ちゃん。暴力で受けた痛みとひもじい思いの中で、悔しさはいかほどであったかと無念が胸を塞ぐ。

さて、遺体写真を審議で見せられたという女性が心的障害を受けて国を訴えた。そのためこのたび裁判所が、遺体写真を審議の過程で見せる場合に事前に打診することになった。しかし、これも行き過ぎが起きらないとも限らない。そうなると、ある種限られた人間だけが陰惨な事件の裁判員になれるということになりかねない。これも偏向裁判ともなりかねず心配の種になる。

創造性、成長性、革新性

生活

 よく企業の価値評価をおこなう際に言われる指標が表題の創造性、成長性、革新性である。「収益性」とか「債務弁済能力」とかであれば、決算書類を客観的に財務分析すれば優劣がすぐにわかる。

今時分は、会計の知識がなくても良いソフトウエアがあるし、WEB上で

著名なアナリストの意見も見つけられるので本当に便利になった。

 

それらが「創造性」や「成長性」、「革新性」ということばに代わると少し戸惑うことになる。これらのことばの意味には過去の分析ではなく、未来の見通しが込められているからである。そして、これらのことばは国家や家庭に置き換えてみても重要な指標に違いない。

 

中国では、国家経済の責任者である李克強総理が、威信を掛けていわゆるリコノミクスと呼ばれる経済政策を推し進めようとしている。本来ならば、世界第二位の経済国家になった中国の勢いが、さらに改革にのって拡大していきそうなものであるが、なかなかそうも行かずにいる。それら問題の核心は、自己改革力のようなものではなかろうか。



世界の多くの人々が、認識しているように中国の富裕層は共産党幹部と高級官吏である。ほとんどの国では、王制の国は別にして「権力」と「富」を両方

を手に入れることが至難である。だが、現実に中国では権力のある人間が富を有するようになっている。その結果、権力と富を得た富裕層が守旧派と化して

しまい改革の行く手を阻んでいることがまぎれもない事実となっている。

たとえば環境問題。大気汚染、土壌汚染、水質汚染を繰り返し収益を上げている企業の代表者も業界団体の代表者も、さらには指導機関の行政機構、共産党の幹部も利害が一致する人々である。改善の兆しが見えるはずもない。

同じように不動産開発、シャドーバンキング問題も同じような構造をしている。あえて火中のい栗を拾うどころか、災いから遠ざかり、場合によっては中国を捨てても構わないという裸官と呼ばれる人々も100万人に達するとも言われている。

さて、現在の中国は経済大国でスパーパワーに違いない。しかし、自己改革のできない国家に未来はあるのだろうか?。本来、百年の計を立てることを得意とする国家が、善良な市民に背を向けて近視眼しか持ち合わせていないというのは、はなはだ残念である。世界も中国がどうなるか?というより、経済破綻を織り込んだシュミレーションを繰り返しているようだ。

巨龍は地を這い、その後、天に駆け上るものだが、この先は如何に。

べクれる

生活

 不謹慎かもしれないが、“べクれる”は、影響力や話題性からすると2013年の新語大賞にノミネートされても不思議では無いかもしれない。山本太郎参議院議員が被災地の現況を語るときや首都圏の放射線の被災状況を語るときに口にするようだ。ただ、被災地や被災者のことを思うと、話題にされること自体、本来は憚られるような気もする。本来、放射線量のことは、特に新しくも無い話題ではあるが、放射線量の報告によって生まれる衝撃によって図らずも多くの人に心からの同情だけでなく、精神的な負担にもなった。

さて、この「ベクれる」だが、福島県の人々らが、安全に過ごすために看過できる年間の放射線量を政府が、検証し、目安にしているものと山本太郎参議院議員などの周辺の市民活動家が考える目安に大きな乖離がある。

数値設定については、専門家でも異論があるようだが、観点を変えて話をしてみたい。

例に挙げたいのは、「たばこ」である。副流煙には、有害な発癌物質があるということで、健康増進法の制定に根拠を与えた。副流煙に害があるのに、断りも無く無差別に吸わせるなということが、嫌煙権を掲げる人を後押しした。

副流煙が、体に悪いのであれば「たばこ」自体を吸っている人は、さらに体にダメージを及ぼしているはずである。ところが、ところがどっこいである。

成人前から「たばこ」を吸っていて、80歳代後半に差しかかっているのに

健康診断を受けても、どこにも異常が無く頗る健康という人は、実際に多い。

他方、親が喫煙者の子が小児喘息を発症、あるいは、肺癌や喉頭癌を発病することがあるのも事実である。どうにも、とかく健康を守るために基準を設けて一律に規制することで、成果を上げられるというものではないようである。

 

新聞報道によると、浜岡原発で下請け労働に入り1981年3月から89年12月まで働いた青年が、91年に骨髄性白血病で亡くなり、労災認定を受けている。8年10ヶ月の間に彼が被爆したのは、累積50.63ミリシーベルト。年間平均に直すと5.7ミリシーベルトである。年間20ミリシーベルトには遠く及ばない。また、被爆による白血病の発症で、労災認定を受けた人は、76年以降で10人。累積被爆量は、最大で129.8ミリシーベルトで最少は、5.2ミリシーベルトだと。これらの事実を勘案すると、子どもにとって被爆放射線量が20ミリシーベルトは、許容できるものだとはいい難い。前出の子どもの間接喫煙の問題だが、親より早く癌を発症し、亡くなった子は枚挙に暇が無い。子どもは、わずかな有害物質や放射線量でも影響を受けやすく、細胞分裂の過程でいくらでも変異は起きやすいのだ。日本の未来そのものである子どもたちをどう守るのか。未来を託す側の大人が、厳に問われている。

司法改革というなら、まず犯罪被害者保護を

生活

 近年、光市母子殺害事件の差し戻し裁判があり、市民社会は、「被害者救済」の必要性を訴えはじめた。司法制度改革のさなか裁判員制度が導入され、すでに裁判所から呼び出し状も発送されつようになり、多くの市民は、戸惑いを隠せないが、専門家らが解決できなかった問題を素人感覚で考えられる機会とも

捉えているようだ。しかしながら、旧態依然とした司法が善意の市民を救えない事実はいくつも横たわっている。

ところで日本は、先進国のようにいわれるが、それは経済活動の分野に限ったことだろう。日本国が誇る貿易黒字、それらは一部優良巨大企業の業績であり、これを日本全体の稼得利益のように多くの国民は錯覚している。ほんのひとつかみの企業が、日本全体の大方の外貨を獲得していることを見ても胸を張れるような実情にない。さらに、今年も世界的な人権調査報告があった。日本では暴力団が、外国人女性の人身売買をしていると国際機関から指摘された。屈辱的ではあるが、日本国は二流国と汚名をいただいている。外国人女性らの人身売買問題に日本国政府は、未だ積極的解決を図る意思を見せていない。さらにその暴力団に大手都市銀行グループや金融サービス会社が融資を行っていた。

本題の犯罪被害者支援問題に戻りたい。光市母子殺害事件の本村洋氏のことを思い出していただきたい。氏は、加害者少年に対する率直な言動を展開し、一部人権派と呼ばれる方々から「行きすぎ」と批判を浴びた。本村氏は、「被害者が、捜査や裁判に一切関与させてもらえず、捜査や裁判のときだけ呼び出される弱い立場である」ことを広く知らしめようとした。彼を支援した弁護士の岡村勲氏は、山一證券事件で妻を逆恨みで刺し殺された。木村氏の辛さがわかる弁護人ゆえ、その後、岡村弁護士の的確な行動によって、本村氏に対する一般市民の理解、支援の輪が広がった。岡村勲弁護士の調査によると、刑務所や少年院の食費、医療費、衣服費、そのほかの一切の費用、負担金を合計するとここ10年で、大方、年間2000億円を超えると報告されている。これに対し、被害者は原則自己負担である。被害者が植物人間になっても、寝たきりになってもお構いなし。殺されようものなら、殺され損である。被害者給付金は、前出の合計で年間11億円程度である。単純な比較を短絡的にするつもりはないが、それでも2000対11である。日本の民法は、伝統的に欧州の影響を受けている。代表的な独仏でも、刑事裁判中に民事的な保障を確保できるように配慮し、犯罪被害者を護ろうという意思が制度に滲んでいる。冤罪について、再発防止が叫ばれているが冤罪被害者の救済とてお寒い状態にある。ここのところ、痴漢にされた被害者の無罪判決が目立ってきた。無罪は、多くの冤罪の可能性を示している。実におぞましい不名誉な冤罪でも、自ら弁護士を雇い、戦わねば成らない。この国の社会正義は、誇れるような形で実現していると言えない。急ぎ、真実の正義を実現せねばなるまい。

 

師と仰ぐ作家のこと

生活

 季節が深まり、読書も進む頃となった。街の喧騒を忘れて読書もよいものだ。

はじめて読んだ氏の作品は、高校生の時の「毎日が日曜日」だった。

氏の作品で、「経済」ということばを身近に感じることができるようになった。

次に読んだのは、「男子の本懐」だった。陰鬱な昭和初期の時代の風を感じながら、自らの信念のために左遷や死をも恐れない浜口雄幸首相と井上準之助大蔵大臣の生き方に打ちのめされる思いだった。大衆に理解されなくとも、あっさりと国に殉じて凶弾に斃れる生き方に打ち震えた。その後、ロッキード疑獄が、空しく社会の表で狂い踊った。著書名の背文字を見るだけで、熱い思いがこみ上げるような作品を青年期に保てたことは幸いである。それが「落日燃ゆ」だった。大東亜戦争の戦争被害者への後ろめたい思いや陰惨な事象を正視し、歴史の流した涙と汗を知った。「自らは計らわず」と「論語」の教えのままに、一切の抗弁もせず健やかな生活態度を保ち、絞首刑台にのぼった広田弘毅という人間を知らしめてくれた作家を人生の師と仰いだ。

 

日本史と中国史は、司馬遼太郎そして自らの縁に繋がる海音寺潮五郎の著作に学んだ。近代史と経済は、やはり城山三郎以外に有りえない。城山三郎のように東京商科大学(現一橋大学)にまなぶ学力も無かったが、商学を学ぶことにあこがれ、商学科のある大学に進んだ。入学とともに簿記や会計は愚直に学び、商業高等学校全教程の3ヶ月で終えた。その動機づけは、城山三郎の「輸出」や「総会屋錦城」、「鮮やかな人々」、「百戦百勝」などいくらでも本棚にあった。今、あらためて著作のどのくらいを自分が読んだことだろうかと調べてみたいが、魂の醸成でお世話になった方なのだとつくづく思い知らされる。

夏目漱石が好きだったので、江藤淳の論評を片端から読んだことがあった。

エッセイの「こもんせんす」なども買い揃えたりした。愛着のあった本の著者だったので、愛妻の後追い自殺をしたという事実にはとまどった。が、そのような生き方もあるのだと考えを昇華させた。城山三郎のことを彼の友人で若くして逝った伊藤肇が、著書の中で「リスのようにはにかむ」と形容していることが印象深い。崇高な思想を持ちながらも穏やかな人柄が偲ばれる。近年、行き過ぎが指摘される情報の開示や保護に関する法律に理不尽、不条理と良心にしたがい論陣を張り気骨を示した。世には、一文字の師というものが存在する。俳句や短歌の世界で一文字の扱い方で、大げさにいえば後世の評価が変わるような指摘をしてくれるような人のことである。大仰な古い言い方だが、文字の鑿を胸にあてて刻んだ文字の数をおもうと数千世界分の真理を教えてくれたと感謝の念を禁じえない。城山三郎という作家を知りえたことは、幸福なことと

素直にいま思う。

市民社会を支える仕組み

生活

 「失った20年」をようやく脱却できそうな機運で一年を終えそうである。

思えば、就職氷河期に学生が未来に希望をみい出せず、社会的弱者のために、

「年越し派遣村」が社会現象にまでなった。その後、年越し派遣村は、政府の意向で都道府県の福祉窓口が苦労を背負う形となった。就業支援と生活支援のワンストップサービス運営は、都道府県の専門職の方々の双肩に成否がかかっている。ところで、社会的な弱者の支援を焼き付け刃のような対応では、多くの市民に対し、かえって社会不安を増長させないとも限らない。言い古された言い方かもしれないが、「官民協働」のあり方を掘り下げて探る好機にしたいものである。考え方によっては、政府が地方自治体を指導し社会的弱者支援をおこなう場合、すこし心配なことがある。たとえば、地方自治体の財政状況や人材確保、法的な整備などの分野で行き届いた行政面の指導をしてくれると良いのだが、そうでなければ福祉サービスを押し付けられたような雰囲気の状況になることだろう。国は、歳入が大幅に増えることが期待しにくい現在、交付金的な発想で地方自治体の福祉行政をしようなどという考えも余裕もない。デフレスパイラルからようやく脱却できるか否かの戦いに明け暮れている民間企業にも負担を掛けられない。メデイアも日々悲観的に情報発信していても問題は解決しない。

 

欧米型のNPOは、ほとんど発祥の起源は、教会を中心とした地域の相互扶助制度に基づくものが多い。今日でも、収入の一定額を献金し、民間による設立ながら、立派に公共の利益に寄与している施設や基金となって社会を支えている。わが国でも、いろいろな宗旨が講を発達させて、広く社会貢献や国際協力の面で模範的な組織をなしている例も少なくない。国や地方自治体に頼ろうとしても、財政的な制約から今後はさらに期待が持てなくなることだろう。とすれば、自助自立を基礎とした相互扶助制度を地域単位でNPOを核に推進できないものか考え直せないものだろうか。実際は、言うは易しいがNPOの運営は困難がつきまとう。善意の市民による善意の活動に期待して、90年代末にNPOが法的な根拠に基づくものとして生まれ出でたが、税制などによる支援もほとんどなく、免税団体の資格を得ることは極めて困難である。他方、公的な行政サービスは年々維持が厳しくなり、善意の団体にたいする業務委託は、予算の支出効率を高める効果を生んできた。しかしながら、これは善意の団体の生まれてきた背景からすると制度の本旨ではない。発足から10年も立つと、金属疲労的なほころびも出てくる。積極的なNPOの活用と育成によって、公共の福祉と雇用創造の分野で提言能力を高められるような機会を迎えているのかも知れない。

一隅を照らす灯り

生活

 本年を振り返って、わが国の地域医療の実態や行政には、幾度と無く憤懣やるせない思いをした。現在も医師不足は、行政の無作為が大きいと思う。かといって、行政が制度の舵を大きくとり直しても、一朝一夕に問題が解決することなく、むなしく費える時間がなんとも恨めしい。医学部の定員増では不十分

である。命の問題には具体的で適切な対策が必要不可欠である。

5年前の旭川医大の医師派遣制度には驚いた。若い医師の研修の場は、札幌に集中しがち。そこで、研修終了後の道内勤務を条件に医師に、月額20万円の「研修資金」を支給することになったのだが、原資の1億円は、札幌のパチンコ店などを経営する太陽グループが拠出。これにより、08年と09年に各20名づつ研修医に支給を開始し、09年度には一部の医師を地方に派遣。

医大の地域医療への責任を果たすためにパチンコ店がサポートするというのは、意外な取り合わせのようだが、コラボレーションの可能性に期待できる。

 

また同じく5年前の9月18日付毎日新聞に掲載された女医さんの生き様に感銘を受けた。当時91歳の玉盛やす子さん、現役の医師でだった。新宿区左門町の診療所で週5日の勤務を続けていた。その入り口には、「支払いにお困りの方は免除」という張り出しがしてあったという。内科、小児科、皮膚科、リハビリテーション科を一人で受け持ったという。生活保護を受ける方や路上生活者らに手を差し伸べ、「困っている人は、どんどん来てくれていのよ」と今後も受け入れるつもりと当時のインタビュー。これは、財団法人国民保健会(付属四谷診療所)の守るべき趣旨だという。「張り出し」は、正確には次のように書かれていたという。

「医療費の支払いにお困りの方は事情によって減額・免除いたしますからご遠慮なくお申し出てください」一日に、ほぼ25人の診療を行い、昨年、実際に減額・免除された方は10人だったという。人数の多い少ないではない。

本当にお困りの方は、どんなにか心強く思うことだろうか。まさに混迷する社会の一隅を照らす灯りのようで、なんとも暖かく心強い思いになる。ただし、厳密には医療費の支払い云々のくだりには法律的には問題があるらしい。

以前、ボランテイア活動で、最貧国の子供たちの無償診療所づくりに取り組んだことがある。支払いを心配するあまり、診せるのが遅くなり、本来、救える命が亡くなってしまうことが多く、心から憂い活動した。元気な子供たちには、初等教育支援を行った。健康で、自立心が宿り、教育によって潜在能力を開発できた子供たちは、やがて自らの力で国を興し、誇りと晴れがましさを手にしてくれることだろう。私たちの善意は、たとい小さくとも一隅を照らす灯りのようでありたいものである。

政策税制が十分に機能しない中国

生活

 2013年も11月に入り、中国経済に関する大きな発表が2つあった。

ひとつは、消費者物価上昇が3.2%になったということである。年換算で

3.5%以内に抑えるという政府目標があるのだが、達成は厳しくなりそうである。もうひとつは、李克強総理が1000万人の雇用を生み出すには、前年GDP比換算にして7.2%の成長を必要とするとしてきたが、達成は厳しい見通しであることを認めたということである。

 

米国の金融緩和政策の縮小、いわゆる出口戦略にかかわらず本来は、中国の

未来に開花しそうな産業の種を播き、あるいは成長育成を図り、他者のまねの出来ない独自性を開発できればよいのだが現実は厳しい。

先進国などは、「政策税制」により、成熟した産業や富裕層から税を徴収し、

再分配により研究会開発を助成し、人材を育て未来産業を育成し、富の再分配を行ってきた。

 

先進国の殆どは、税の直間比率によると消費税のような間接税の比率が高い。

もともとは所得税や法人税などの直接税の比率が高かったのだが、社会福祉政策の比率が高まる中、目的税の制度化を行い税源を間接税に求めてきたのである。もちろん、相続税を初めとする不労所得に対する税律高さは共通するものがある。税の負担が大きくとも納税に協力的な先進国の風土は、税負担の公平、税徴収の公平の実現と無縁ではない。さてもかように機能する税制を用いて先進国は成長戦略を描いてきた。

雇用も税制で本来は刺激できるものだし、景気も刺激できるものである。

「税」こそは国家そのものであるという言い方もある。

 

中国の場合、社会主義という政治形態から財産所有や財産増加に纏わる保有税や所得税の導入に関する事情が先進国と異なる。また、官吏の汚職が多く、税負担の公平を実現させることは困難である。加えて富裕層が共産党幹部と高級官吏という極めて特異な事情から、資産税の徴収や税制改革に後ろ向きな社会を構成しているといえよう。

あいかわらずホットマネーが流入し、不動産開発や不採算産業に流れ、雇用を生み出し新しい産業には資金が流れない。キャピタルゲインで膨れた資産をもつ富裕層は、富の再分配には応じそうにない。この先の中国の進む道は、李克強総理が口にするように狭く細い道を行くようなもので、なんとも厳しい道程になりそうである。必要な制度改革に手をつけられない中国の未来を悲観して移住を希望する富裕層に、税制改革や社会改革支援の発想はないのだろうか。

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