11月2013

紅葉の見ごろは師走か

生活

 このたびは 幣(ぬき)もとりあえず手向山 もみぢの錦神のまにまに

菅原 道真:百人一首

神無月も晦近くになってきて、急に冷え込むようになり驚いた。

今を遡ること、35年くらい前までは、まず紅葉の見ごろは11月初めから中旬にかけてであった。それも、日本列島が北から南へ短い時のうちに、波紋が伝わるように一斉に色づき拡がっていった。葉が落ちるのを見ながら、晩秋初冬の情景を味わいながら歳末の支度を急いだものだ。近年は、紅葉の見ごろが北海道を除き、11月下旬から12月上旬にかけての訪れとなってきている。

生活者目線で見ても、学校や職域の冬服の更衣は、当時10月初めから中旬に全国的に一斉行われた。陽気のせいで汗ばむことがあっても問題はなかった。

近年、地球温暖化が確実に生活の中に様々な負の影響を持ち込み始めている。

林檎や梨の生産農家が苦労をしていると耳にする。ある程度の寒冷を必要とする果樹の栽培に地球温暖化の影響が出てきているのだ。端的に言えば、栽培の南限緯度が北へ「じわり」と上がり始めているということである。品種改良成果が先か、南限の北上が先かで農業も食卓も変わってしまう。ワインの生産で、国際的な評価も高い山梨県。いわずとしれた葡萄王国である。しかし、このまま温暖化が進めば、葡萄の生産地は北海道が中心に変わってしまうのではないかと危惧されている。他方、毎日のように食する高原野菜まで心配が及びはじめている。温暖化が進めば、寒冷地での栽培が必要な農産物の生産中心地に大きな変化が出るのは必定である。米とて同じである。米は、気温差(較差)が発育に大きく影響するし、「食味」の良し悪しも較差が大きく影響する。



小学校の唱歌で、「秋の夕陽に 寺山もみじ」と歌った。今、小学生が歌うのであれば、紅葉が実感できるのは「秋」ではなく「冬」という実感だろう。日本の場合、創造主の神は女性。自然の景観を錦に織るのも女性の神である。女性の神々らが、織り込む「秋」を彩る楓や蔦、実りという言い方に変化が出るかもしれない。さらには、和歌や俳句にある季節を歌った背景の解説や季語に関する解釈などに変化がでてくるかもしれない。そうなると、季節の挨拶がややこしくなるばかりでなく、四季が育んだ日本人の感性にも変化が出てくるかもしれない。

11月にもなると、本来、風の強い寒い日が多いのだが、陽射しのやわらかい「小春日和」という表現される日もある。季節を歌い込んだ日本人の表現は、実に細やかである。その物言いは、自然に対する畏敬の念と愛惜の情から生まれたのだろう。四季の移り変わりを表現する日本人の豊かで繊細な感性や美意識は、これから先、どのようになってゆくことだろうか?案じられてならない。