11月2013

ボランテイア考える

生活

 ボランテイア(表現がなじまない場合は、非営利活動もしくは公益を目的とした活動)活動で日々、額に汗をしておいでの方々は、なにかしらの動機付けやきっかけがあって参加されていることだろう。

他者の何がしかの幸福のために、自分の時間を割こうという行為は尊い。

それを、なにも疑問を持たずに行っているとしたら至上の幸福といえるかもしれない。古い言い方だろうが、父母らの行動を日ごろ見て学び、善徳を知らず知らずに積む子供たちは、まさしく国の宝である。



さて、以前放映されたNHK大河ドラマ「篤姫」の今泉島津家の領地は、薩摩半島の南、名だたる温泉保養地の指宿に近い。その指宿との境、鹿児島市南部に喜入という地がある。この地は、わが国の最大級の石油備蓄基地があることで知られる。ここに瀬々串小学校という小さな学校が在する。全国に先駆けてボランテイアゆうパックをおこない、1990年からはじめた事業を大いに顕彰され、先ごろボランテイア功労賞を受けた。

中心になったのは、児童十数人であったが、保護者や農業指導をおこなうサポーターがしっかり脇を固めた。そして実りの秋にベニサツマとコガンを5Kgづつ箱詰めして、手書きのメッセージを添えて全国に発送している。

益金は、震災で被害を受けた人々に贈られてきた。

 

児童らは、人のために一生懸命に働くことを当たり前と学んでいる。

遊びたい時も気持ちを抑え、きつい草取りを行う。日照りの時には、汗と泥まみれになり水遣りも行う。保護者らは、自立心が育つことを阻害しないように教えを請われない限り見護ることに徹する。

イモたちも、子供たちの願いや祈りに大きな実りで応える。

 

食の安全や安心が、国民の潜在意識の底で、もはや損なわれてしまったも同然の今、他者のために額に汗して丹精して食べ物を作り送り出す意味。益金を他者の幸せのために差し出す意味。それを十七年も続けたことの意味。それを今、考えてみる。子供らは、毎年進級し入れ替わる。サポーターの保護者らも入れ替わる。みんなで力を合わせて相手にするのは、気難しいお天道様である。淡々と善行を続けている様を見るにつけ、本来、教育とはかようであるべきだと思い、食育も本来、自他共に幸福であるようにと学ぶことではないかと思い知らされる。ボランテイア活動の生命線は、ことさら難しい事案にあるのではなく、身近にある小さな善行を淡々と積み上げてゆくことにあるような気がしている。