11月2013

べクれる

生活

 不謹慎かもしれないが、“べクれる”は、影響力や話題性からすると2013年の新語大賞にノミネートされても不思議では無いかもしれない。山本太郎参議院議員が被災地の現況を語るときや首都圏の放射線の被災状況を語るときに口にするようだ。ただ、被災地や被災者のことを思うと、話題にされること自体、本来は憚られるような気もする。本来、放射線量のことは、特に新しくも無い話題ではあるが、放射線量の報告によって生まれる衝撃によって図らずも多くの人に心からの同情だけでなく、精神的な負担にもなった。

さて、この「ベクれる」だが、福島県の人々らが、安全に過ごすために看過できる年間の放射線量を政府が、検証し、目安にしているものと山本太郎参議院議員などの周辺の市民活動家が考える目安に大きな乖離がある。

数値設定については、専門家でも異論があるようだが、観点を変えて話をしてみたい。

例に挙げたいのは、「たばこ」である。副流煙には、有害な発癌物質があるということで、健康増進法の制定に根拠を与えた。副流煙に害があるのに、断りも無く無差別に吸わせるなということが、嫌煙権を掲げる人を後押しした。

副流煙が、体に悪いのであれば「たばこ」自体を吸っている人は、さらに体にダメージを及ぼしているはずである。ところが、ところがどっこいである。

成人前から「たばこ」を吸っていて、80歳代後半に差しかかっているのに

健康診断を受けても、どこにも異常が無く頗る健康という人は、実際に多い。

他方、親が喫煙者の子が小児喘息を発症、あるいは、肺癌や喉頭癌を発病することがあるのも事実である。どうにも、とかく健康を守るために基準を設けて一律に規制することで、成果を上げられるというものではないようである。

 

新聞報道によると、浜岡原発で下請け労働に入り1981年3月から89年12月まで働いた青年が、91年に骨髄性白血病で亡くなり、労災認定を受けている。8年10ヶ月の間に彼が被爆したのは、累積50.63ミリシーベルト。年間平均に直すと5.7ミリシーベルトである。年間20ミリシーベルトには遠く及ばない。また、被爆による白血病の発症で、労災認定を受けた人は、76年以降で10人。累積被爆量は、最大で129.8ミリシーベルトで最少は、5.2ミリシーベルトだと。これらの事実を勘案すると、子どもにとって被爆放射線量が20ミリシーベルトは、許容できるものだとはいい難い。前出の子どもの間接喫煙の問題だが、親より早く癌を発症し、亡くなった子は枚挙に暇が無い。子どもは、わずかな有害物質や放射線量でも影響を受けやすく、細胞分裂の過程でいくらでも変異は起きやすいのだ。日本の未来そのものである子どもたちをどう守るのか。未来を託す側の大人が、厳に問われている。