11月2013

最高の人生の見つけ方

生活

 映画で「最高の人生を見つけ方」(2008年公開)という作品がある。

この映画は、お世話になった人生の先輩がお気に入りだったので、その方の命日が近づくと映画のことと人生の先輩のことを鮮明に思い出させてくれる。

その人生の先輩M氏が逝かれて、12月8日で丸5年となる。

10年前の夏に、癌の手術で胃を半分と腸を2メートルほど切除された。

ひとつの目安とされる術後5年の生存の壁をどうしても越えたいと日々懸命に生きておられた。目標に半年ほど及ばなかったが、負けず嫌いだったM氏のことなので、泉下で残念な思いをされていることだろうか。

 

M氏は、術後の生存5年を漫然と迎えるのではなく、意味をたくさん持たせたいとして、様々な目標を掲げられていた。たとえば、映画。アカデミー賞やカンヌ映画祭、ベルリン映画祭のグランプリ受賞作品は、リストアップして見ることを目標にされた。出来るだけ美しいものを見ておきたいのだと申されていた。そして、絵画。ご本人も水彩画を習っておられたが、東京の美術館で示される名画と言う名画は見ておきたいと意欲的に美術館を回っていらっしゃった。さらには、オペラやクラシックコンサート。これも世界的なオペラ歌手や演奏家、交響楽団の来日に合わせて劇場通いをされた。

 

M氏の体調が、亡くなる一月前くらいから思わしくなかった様子だったので、親の敵のように予定をやっつけていたものを余裕のあるように切り替えるようお勧めした。しかし、聞き入れていただけなかった。また、亡くなる2週間前のピアノコンサートのチケットを差し上げていたが、急に冷え込む夜となり、体調を考えて見合わせてはと、御願いを申し上げてお叱りを受けてしまった。残念なことに、実は、このときがM氏と最後に交わした言葉になってしまった。思うに、M氏は死期を感じ取られていたのかもしれない。

2008年の12月。幾分、体力は落とされていた様子だったが、自ら音頭を取り計画して、親戚一同と岐阜県の下呂温泉に旅行をなさった。

「最高の人生を見つける方法」という映画を見た後、M氏は車を買い替えておられた。「思い出したんだ、学生時代に日本中の温泉を回るって目標を立てたんだ」と。人によっては、なにもこの期に及んでと申されるかも知れない。人生の価値は、成功達成云々より、目標に果敢に挑む気持ちと計画立案する心構えにあるように思う。M氏は、計画どおりに親戚一同と天下の名湯に入り、帰京の途中、体調を崩され重篤に陥り逝かれてしまった。著名な外資系企業の日本進出にともない初代社長に。新しい時代のビジネスモデルの旗手をつとめられたが、公私ともに忙しい方だった。生真面目なご性分だったと思われる。小ぶりの手帳をマメに使いこなし、自分がやりたいと思ったことは、絶えずリストにし、それを目標計画に立案し、自らの哲学に照らして日々生きる暮らしぶりだった。学ぶことの多い御仁であった。どれだけ生きたかでがなく、どんなに生きたかが重要である。それを静かに思い返している。