「老境、仕事の意味について考えたこと」

生活

 JR線某駅に、毎夕、ベビーカステラの屋台が出る。店の主人は、腰が曲がった体躯。乱杭歯で痩せ型だが、血色よく頭のてっぺんまで光っている。歳の頃なら、ゆうに七十半ばを越えているように見える。この御仁、土日も祝日も関係なく夕方から終電の到着まで屋台を出す。

昨年、この御仁が休みをとったのは、10回も無いと思う。その日は、台風が

近づいたとか、大雨とか、強風で屋台が立たないとかやむを得ずという時だ。

寒い、暑いなどは関係ない。雪の日も雨の日も黙々とベビーカステラを焼き続ける。焼いたベビーカステラがたまると、曲がった腰を伸ばすように、焼き菓子を作る機械を置いたテーブルに手を着く。そして、売り始める。啖呵売するわけではない、はにかんで売るので何を言っているのかもわからない程度。

だが、人気がある。一所懸命な姿がいいのかも知れない。学習塾に通う小中学生や浪人風情の予備校生、ギターを抱えたサークル活動風の学生、いかにもといったインターン風の医学生らがベビーカステラを買いに来る。この御仁は、口が上手ではない、乱杭歯を見せながら作り笑顔を見せながら、「勉強は大変か?」とか「家は遠いのか?」など他愛もないようすで話かける。

しかし、子どもらでも、この御仁の人柄を見てとっていると思う。

腹がすいたら、直ぐそばにコンビ二ショップがある。ファーストフードも夜遅くまで、そば・うどん、カレー、牛丼、ラーメン、ちゃんぽん、の店が並んでいる。屋台で焼くのだ、決して衛生的ともいえない。しかし、売り切れていたら並んでも買ってゆく客がたいていなのだ。



この御仁には、弟子らしき者がいる。かといって、ベビーカステラを焼くことなどしない。いつも老躯に鞭いる御仁の身の回りの世話をしているのだ。この弟子らしき者は、昼間屋台の出る場所で The Big Issue という雑誌を売っている。この雑誌は、イギリスでもともと発刊され、ホームレスの人々が自立した生活を送るために創られたものだ。日本にも、その精神と仕組が受け入れられホームレスの人々を自立に導こうとしている。とはいえ、立ちっぱなしでずっと声をかけて売るのは大変だ。しかし、お弟子さんはいつもがんばって売っている。御仁の好ましい影響が伝わっているのだと思う。

この御仁に聞いてはいないが、たぶん老齢年金を受給していないような感じだ。つまり、生涯現役で懸命に働いている境涯なのだ。体力的には大変だと思うが、小さなお得意さんたちにご愛顧いただいて、実に幸せそうに思える。お弟子さんにも、多くのお得意さんがいる。誰しも、人に言えない苦労など、還暦も過ぎればある。昔話に花を咲かせてもきりが無い。時を惜しみ、毎日、汗して仕事に打ち込み生きること。それは、命が光り放って、実に眩しい様子だ。

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