ミスサイゴンのキム。そしてレミゼラブルのエボニーヌ。

生活

2005年の11月6日(日)は、朝からどんよりした空模様で、晩秋の陽気にしては空気が重く、不思議と湿気が多い感じがした。やがて大粒の雨が落ちてきて、翌朝まで一時もやむ事は無かった。華やぐ都の空が号泣しているように思った。

この日、歌手本田美奈子(本名:工藤美奈子)が逝った。享年38歳。

「アフガ二スタンからインド亜大陸にかけての洋の東西交流がなければ、本来、仏様に手向ける御灯明が、西に行って教会の銀の燭台が生まれることも無ければ、白血病で舞台降板を余儀なくされた本田美奈子の出演するレミゼラブルのジャン・バルジャンも生まれることは無かったろうにと。」ポップス歌手としてデビューした本田美奈子だったが、天性のものがあったのだろう、最期のアルバムは、クラッシックを歌うものだった。その昔、舞台「ミスサイゴンのキム」役に一万数千分の一のオーデイションに勝ち抜き脚光を浴びた。これは、当たり役になった。その後、松たか子がミスサイゴンのキムをつとめたが、どうしても本田美奈子のイメージを払拭できなかったとおもう。松たか子の問題でなく、それだけの「はまり役」だったとも言えよう。

「レミゼラブルのエボニーヌ」役、これは、役というより、もはや天職のような感じがした。本は、申し分もなく、劇場に観客さえ入れれば、完成形の芸術作品。舞台裏方も役者も後援者も申し分のない体制で、これからも語り継がれてゆくだろう作品。その中にあっても、本田美奈子の存在は、ひかっていた。歌唱力や表現力も備わり、最高のパフォーマーにして、努力を惜しまぬ姿勢が歌と演技に。宙に目を泳がせ、うつろで悲壮感漂う歌にしても、地の底から湧きあがるような歓喜の歌にしても一切の妥協を許さないような歌い方に見えた。

 

泉下の本人は、安らかに眠っていることだろうか?

最期の最後まで、舞台に再びたつことを念願し、レコーディングのことを気にかけていたという。どうすれば、そんな境涯に立てるのだろうか、と思った。

「皆さんに歌を通して、こころ豊かになってもらいたいから。」そういうことだったらしい。白血病は、本当に酷い。副作用で、この天使のような女優の美しい髪も抜け落ちてしまったという。舞台に立って歌うことは、本人にとって仕事以外の何ものでもなく、生きる糧であり、気負い無く言えば生活である。

一般人にしてみれば、きらびやかな世界のヒロインの儚くも短い人生。しかし本質は、自らの使命を知り、人生を集約させながら、多くの人に勇気と希望を語った市井に生きた命。東から渡ったジャン・バルジャンの銀の燭台、灯る蝋燭の自らを燃やしながら、まわりを温かく照らす有り様。それは、彼女の望んだ選んだ生き方のように見える。懸命に生きた人生は、短くとも本当に尊い。

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