ヤマメとサクラマス

生活

  今年も北国のサケやマスの遡上は、命をつなぐ戦いとして、くりひろげられることだろう。ご承知のようにサケやマスは、生まれ故郷に長い回遊の果てに帰って来る。大きく育つまでの艱難辛苦は、相当なものがあると容易に察することが出来る。だが、それより思いを果たす寸前に、立ちはだかる自然や肉食獣の猛威に、敗れてしまう大方の命を不憫におもう。考え方によっては、多くの動植物を養い、新しい命を生み出すに違いないのだが。

ところで、「ヤマメ」という魚をご存知だろうか?「ヤマメ」は、「山女」。山深く清い源流に棲む。「サクラマス」をご存知だろうか。「サクラマス」は、元「ヤマメ」の魚である。適切な説明が出来ずに苦しむが、どのように説明したらお分かりいただけることだろうか?「ヤマメ」は、縄張り意識が強く、好戦的な魚である。当然、限られた生息域に残れるのは、比較的大きく体力のある雄ばかりになる。実は、「ヤマメ」(山女)は、雄ばかりで、雌がいない。だから、ヤマメというより「ヤモメ」(寡)というところだろうか。

 

縄張り競争に敗れ、傷ついた雄や体力が無く弱い雌は、清流をくだり中流へ。さらに下流へと安住の棲家をもとめて下る。ここでも例外なく、自然や肉食獣との苛烈な戦いが繰り広げられる。やがて、戦いに明け暮れた彼らは海へ出る。そして長い回遊の旅に向う。海洋に漂い、塩水にもまれ、さらに厳しく幾星霜を過す。その後も生存競争を経て、後半生の勝利者になる。本能に従い彼らは、帰って来るとはいえ、厳しい戦いに耐えて生き残ってくる。それは、営みというより偉業というのが相応しいに違いない。



彼らは、その昔、海洋にむかった河口の沖合に集結する。故郷を追われた日の記憶を確かめてなのか、満を持して遡上する。自然や食肉獣の猛威に屈することなく、ただただ故郷の水の匂いを求めて遡上する。彼らの表情は、故郷に棲む「ヤマメ」のように穏やかなものではない。口は、鉤型の嘴になり、海に棲む鬼のような形相である。故郷にたどり着くまでに、大方の仲間が命のやり取りの戦いに敗れ去ってゆく。運良く生き長らえても、既に鱗ははがれ落ち、肉もそがれ、生存競争の勝利との引き換えに満身創痍。相も変わらず士気は高いが、腹の据わった落ち武者然としている。

故郷にたどりついた時、此処で会うが百年目。自分を追いやった「ヤマメ」を、忌まわしい記憶を脳裏に蘇らせながら、真正面に見ることだろう。満身創痍のサクラマスの雄は、「ヤマメ」との最期の戦いに打ち勝てばこそ、サクラマスの雌と子孫を遺すことができる。本来、優性遺伝の習いなら「ヤマメ」。心情として勝たせたいのは、「サクラマス」。どんなに生きても尊い一期の命。

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