司法改革というなら、まず犯罪被害者保護を

生活

 近年、光市母子殺害事件の差し戻し裁判があり、市民社会は、「被害者救済」の必要性を訴えはじめた。司法制度改革のさなか裁判員制度が導入され、すでに裁判所から呼び出し状も発送されつようになり、多くの市民は、戸惑いを隠せないが、専門家らが解決できなかった問題を素人感覚で考えられる機会とも

捉えているようだ。しかしながら、旧態依然とした司法が善意の市民を救えない事実はいくつも横たわっている。

ところで日本は、先進国のようにいわれるが、それは経済活動の分野に限ったことだろう。日本国が誇る貿易黒字、それらは一部優良巨大企業の業績であり、これを日本全体の稼得利益のように多くの国民は錯覚している。ほんのひとつかみの企業が、日本全体の大方の外貨を獲得していることを見ても胸を張れるような実情にない。さらに、今年も世界的な人権調査報告があった。日本では暴力団が、外国人女性の人身売買をしていると国際機関から指摘された。屈辱的ではあるが、日本国は二流国と汚名をいただいている。外国人女性らの人身売買問題に日本国政府は、未だ積極的解決を図る意思を見せていない。さらにその暴力団に大手都市銀行グループや金融サービス会社が融資を行っていた。

本題の犯罪被害者支援問題に戻りたい。光市母子殺害事件の本村洋氏のことを思い出していただきたい。氏は、加害者少年に対する率直な言動を展開し、一部人権派と呼ばれる方々から「行きすぎ」と批判を浴びた。本村氏は、「被害者が、捜査や裁判に一切関与させてもらえず、捜査や裁判のときだけ呼び出される弱い立場である」ことを広く知らしめようとした。彼を支援した弁護士の岡村勲氏は、山一證券事件で妻を逆恨みで刺し殺された。木村氏の辛さがわかる弁護人ゆえ、その後、岡村弁護士の的確な行動によって、本村氏に対する一般市民の理解、支援の輪が広がった。岡村勲弁護士の調査によると、刑務所や少年院の食費、医療費、衣服費、そのほかの一切の費用、負担金を合計するとここ10年で、大方、年間2000億円を超えると報告されている。これに対し、被害者は原則自己負担である。被害者が植物人間になっても、寝たきりになってもお構いなし。殺されようものなら、殺され損である。被害者給付金は、前出の合計で年間11億円程度である。単純な比較を短絡的にするつもりはないが、それでも2000対11である。日本の民法は、伝統的に欧州の影響を受けている。代表的な独仏でも、刑事裁判中に民事的な保障を確保できるように配慮し、犯罪被害者を護ろうという意思が制度に滲んでいる。冤罪について、再発防止が叫ばれているが冤罪被害者の救済とてお寒い状態にある。ここのところ、痴漢にされた被害者の無罪判決が目立ってきた。無罪は、多くの冤罪の可能性を示している。実におぞましい不名誉な冤罪でも、自ら弁護士を雇い、戦わねば成らない。この国の社会正義は、誇れるような形で実現していると言えない。急ぎ、真実の正義を実現せねばなるまい。

 

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