大切なものは目に見えない

生活

 バン・クライバーン・コンクールで優勝した辻井伸行さんのことを思い出していた。ごく普通に視力が備わった一流のピアニストにも、こなすことが厳しい課題曲のあるコンクール。心身ともにタフで長丁場の戦いと報道されていた。

 

視力のある人と違い、譜面を見て演奏できない彼は、公平な条件下で審査が行われたとされても、唯ひとり初めて耳にした現代曲を暗譜しなければならなかった。それを同一条件、機会平等でコンクールは運営されたというのなら、彼の辿った道は、暗黒の荒野を行くようなもので想像してあまりある。天才と賞賛される辻井さんの見事な演奏、謙虚さが滲み出るような振る舞い、奢らず穏やか物言いなどをメデイアで幾度も拝見した。周囲への自然な気遣などもメデイアから拝聴し、感心するばかりだった。そして「もしも一日だけ目が見えたなら」とのインタビューの問いに、「両親の顔を見てみたい」という言葉と両親への感謝の思いを耳にして、もはや堪えきれず涙を禁じ得なかった。

 

彼をはじめて知ったのは、日曜日午前放送の某音楽番組。佐渡裕氏がナビゲーションするクラシック音楽の世界にあって、彼の演奏するピアノの音は、一音一音、脳内神経細胞に刻まれるように響く気がした。今回のコンクール中、お世話になったホームステイ先のペットの犬は、辻井さんの演奏がいたく気に入っていたようで、演奏中ずっとピアノの下にいたという。飼い主は、辻井さんの帰国後を心配し、辻井さんのCDを聞かせることにしたという。辻井さんの演奏には、聴力の優れた犬の心の襞にまで染み入る音があるのだろう。また、練習中ピアニストや関係者は、近所に気を使って部屋を締め切り、音が漏れないようにするものだが、近隣から「ドアと窓を開けて聞かせてほしい」と請われたという。賛辞だろうが、このようなことを比喩する言葉を私は知らない。

 

ピアノは、不思議だ。同じピアノで、同じ曲を同じ条件下で演奏しても、演奏者の違いがはっきり出る。鍵盤数は、普通88。低音域や高音域の音は、耳に入れづらい音である。穿った言い方をすれば、ピアノは、普段、人が耳にできる音を網羅して再現する玉手箱。人が、生きて心にとどめる感情を音で表現できる。音に備わる存在感や修辞力、演奏者の表現力と解釈力。音楽には、無限の可能性あるような気が本当にしてきた。

“サン・テグジュぺリ”の「星の王子さま」で、きつねさんが言うくだり、「大事なものは目に見えない」と。大事なものは、見るのではなくて感じるべきもの。あらゆるものが、混迷する世界。渇いた人の心に、潤いと鼓舞する音を辻井さんからお届けいただきたいものである。

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