学ぶということ。歴史教育問題

生活

 以前、本コラムでいかに歴史を学ぶべきかについて書いた。そのときは、自らを振り返り、結局、世界史であろうと日本史であろうと与えられた知識だけでは不足なのだから、日本史は司馬遼太郎や海音寺潮五郎を読んで学ぶなどいかがだろうかと書いた。ここのところ、為政者たるものの近代史への浅い認識や不適切なものいいに閉口している。

現存する問題、あるいは未来世代に負わせる問題は、煩わしい議論に陥っている。敗戦後、不都合な事実はすべて否定した教育下で、中教審(中央教育審議会)は、高等学校の社会科(地理歴史科、公民科)の教育方針が定まらず、議論ばかりが繰り返されたことが続いた。自国の歴史について認識できていないことを留学で、相手国の都合のよいように刷り込まれるのは悲惨である。

都合が悪いことであっても、しっかりと教育すべきだという態度が、歴史認識で日本国内の問題までにも干渉してくる国々に対しても示すべきものであろう。



世界史を必須にとかつて行動した学識経験者は、「大学教育では、経済や法律を学ぶ上で基礎となる世界史が必要だ」とか「国際化の時代に宗教概念を学ぶには世界史が大事だ」と高等教育機関や経済界からの要請もあり世界史案を支持した。

それまでは、「世界史が必須」で「日本史が選択」だった。

そのため、歴史上の重要な人物名を中心に読み方がわからないという若者が多かった。これは、「日本史必須派」の学識経験者の「日本人としてのアイディンティティをはぐくむために継続して日本史を学ばせることが必要」という話に

も理があると思わせる。

どっちつかずとなれば、妥協の産物として「総合歴史」「総合社会」のような科目がほしいという意見も出てきて、これに対し、学識経験者からは「体系化された学問を統合するには無理がある」との声もあった。

問題が深刻となったのは、必修科目にしてもカリキュラムを消化できずに、

必修を履修していたことにしようという名うての進学校のあさましい所作に

よる。難関大学の合格者数を争うような学校がこの様では情けなかった。

 

数学のノーベル賞といわれるフィリーズ賞を若くして受賞した広中平祐博士(京都大学名誉教授・ハーバード大学名誉教授)のご母堂のお話が忘れられない。博士のご母堂は、実姉の嫁ぎ先に、彼女の病死後、後妻に入った。博士は、「母は無学」だったと仰せだった。が、ご母堂の逸話を伺い、大変な教養人だと思った。少年に社会科の宿題が出ると、世の中に一番明るい村長のところに伺った。理科の宿題が出ると村一番の科学者の医師のところに出かけ指導を伺った。そして、一緒に話を聞いて心から感動してくれたという。世界的な数学者広中平祐博士は、ご母堂の真摯な姿により、学ぶとはどういうことなのかを教わったのだという。さて、教職者は、世界史や日本史、公民を学校で履修する時間がないというのなら、読書指導をしたらよいと思う。自発的に読書ができないようであれば、なにを学校で学んでも、不毛の人生が続くことだろう。ただただ、いつまでも魂が、響きあう学舎であってほしい。

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