市民社会を支える仕組み

生活

 「失った20年」をようやく脱却できそうな機運で一年を終えそうである。

思えば、就職氷河期に学生が未来に希望をみい出せず、社会的弱者のために、

「年越し派遣村」が社会現象にまでなった。その後、年越し派遣村は、政府の意向で都道府県の福祉窓口が苦労を背負う形となった。就業支援と生活支援のワンストップサービス運営は、都道府県の専門職の方々の双肩に成否がかかっている。ところで、社会的な弱者の支援を焼き付け刃のような対応では、多くの市民に対し、かえって社会不安を増長させないとも限らない。言い古された言い方かもしれないが、「官民協働」のあり方を掘り下げて探る好機にしたいものである。考え方によっては、政府が地方自治体を指導し社会的弱者支援をおこなう場合、すこし心配なことがある。たとえば、地方自治体の財政状況や人材確保、法的な整備などの分野で行き届いた行政面の指導をしてくれると良いのだが、そうでなければ福祉サービスを押し付けられたような雰囲気の状況になることだろう。国は、歳入が大幅に増えることが期待しにくい現在、交付金的な発想で地方自治体の福祉行政をしようなどという考えも余裕もない。デフレスパイラルからようやく脱却できるか否かの戦いに明け暮れている民間企業にも負担を掛けられない。メデイアも日々悲観的に情報発信していても問題は解決しない。

 

欧米型のNPOは、ほとんど発祥の起源は、教会を中心とした地域の相互扶助制度に基づくものが多い。今日でも、収入の一定額を献金し、民間による設立ながら、立派に公共の利益に寄与している施設や基金となって社会を支えている。わが国でも、いろいろな宗旨が講を発達させて、広く社会貢献や国際協力の面で模範的な組織をなしている例も少なくない。国や地方自治体に頼ろうとしても、財政的な制約から今後はさらに期待が持てなくなることだろう。とすれば、自助自立を基礎とした相互扶助制度を地域単位でNPOを核に推進できないものか考え直せないものだろうか。実際は、言うは易しいがNPOの運営は困難がつきまとう。善意の市民による善意の活動に期待して、90年代末にNPOが法的な根拠に基づくものとして生まれ出でたが、税制などによる支援もほとんどなく、免税団体の資格を得ることは極めて困難である。他方、公的な行政サービスは年々維持が厳しくなり、善意の団体にたいする業務委託は、予算の支出効率を高める効果を生んできた。しかしながら、これは善意の団体の生まれてきた背景からすると制度の本旨ではない。発足から10年も立つと、金属疲労的なほころびも出てくる。積極的なNPOの活用と育成によって、公共の福祉と雇用創造の分野で提言能力を高められるような機会を迎えているのかも知れない。

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