津の国の鼓の滝を打ち見れば、岸辺に咲けるたんぽぽの花

生活

 西行の歌である。

たんぽぽは、蒲公英と漢字で書く。漢字の出辞から言えば、種子の冠毛が丸く集まった様子が、「たんぽ」~綿を丸めて布などで包んだもの~に似ているから「たんぽ穂」と名づけられ、漢名の蒲公英にあてて読むようになったという。

しかし、西行の歌を見る限り、別名のつつみ草。つまり、蕾が鼓の形に似ているからという説を支持したくなる。「津の国の鼓の滝」たんぽぽの蕾が、鼓の形に似ているからこそ成り立つ歌である。鼓草と呼ばれるがゆえに、その音に似せて、~たんぽん、たんぽん、たんぽぽ、たんぽぽ、~「たんぽぽ」と呼ばれるようになったという説である。



はじめ、西行は「津の国の滝に来てみれば~」と歌ったという説がある。

草刈人夫に見間違った土地の子どもが、「来て見れば」を「打ち見れば」と訂正したらしい。今でいえば、大学の国文科の教授に、国語好きの少年が「ダメ出し」をしたようなものである。西行こそいい迷惑だっただろうが、逸話の通りだとしたら、草刈人夫に見えたからこそ、良い歌の完成を見たといえよう。



さて、話を転じる。

蒲公英は、菊科の草花である。匂いは、比較的強く独特である。

他の菊科の草花と同じように薬効に優れている。したがって、民間療法から古く使われて、煎じて利尿剤として用いられてきた。



英語名では、ダンデライオンである。ユーミンの古い歌にも登場している。

語源は、フランスのDent de Lion 。ギザギザの葉がライオンの歯を連想させるからだと言われている。親しみさといい、どこにでもある春の草花という事であろう。花や蕾、そして葉を遠き縁より人が、面白く感じでいた証拠に他ならない。

春の土手で、たんぽぽを見つけ、「綿のようなたんぽ」を吹いて遊ぶと耳の穴に入ると聞こえなくなるとよく叱られた。経験則でいわれた事だろうが、身近にあって、それだけ愛されてきた草花に違いない。そんなたんぽぽ、昨今、土手や道端で見かけることもない。かといって、春の花屋の店先で見つけることもない。既に、観念の世界で春に咲く草花になりつつあるのだろうか。

食料自給率が、先進国で最も低く。必ず起きるだろうやがての食糧危機。そこに至っては、日本の安全保障体制こそ問題なのだが、今も減反政策一辺倒。たんぽぽが、田んぼのあぜ道に普通に見られるようになること、そんな原風景を取り戻せることこそが、日本の平和と安寧につながるように思えてならない。

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