真面目に取り組んだ「こども銀行ごっこ」のこと。

生活

 2000年から翌年にかけての一年間、旧共産国である某国の自動車産業振興セクターに、公務で国際協力専門家派遣されていた。プラントを建設するというような物の支援でなく、完全な技術移転型(教育)のODA(政府開発援助)であった。このプロジェクトでは、多くの企業とそこに働く人々との触れ合いがあり、様々な業態を開発し、企業の強みを生かす計画を策定するなどした。このセクターは、競争力を持つ著名な貿易港と古くからの重工業地帯を後背にして、近隣の工場の特性を生かしながら、有機的な産業振興を行おうとするものであった。その国の担当者は、どうしても古くからある大きな工場や事業所を核として据える発想から抜け出せないでいた。このようなセクター振興の場合、間違いなく全体事業の成否は、小職の経験からすれば「モデル事業指定」の一点である。モデル事業の重要性は、「あのようにすれば良いのか」という大切な手本を示すという意味もあるが、加えて、振興セクター全体の「事業目標や計画意図」を考えてもらう意味から重要である。小職は、ある企業をモデル事業にしようと考え、「日次決算の重要性」と「財務管理」「原価管理」手法を学んでもらうために、真剣に「こども銀行ごっこ」に取り組んでもらったことがある。

その企業は、もともと農村地域の真ん中にあった。

旧共産国の企業は、もともと行政単位の市によって創立され運営されているものか、中央省庁の関連事業や福利厚生事業などの要請によって生まれたものが多い。だが、小職が指定した企業は、農村の副業から生まれた企業であった。農民は、旧共産国では、国の成り立ちからして重要な働き手として大事にされるが、如何せん現金収入に恵まれず苦労をする。そこでこの村では、長(おさ)が音頭をとり、農閑期に農機具を作り、修理する仕事をはじめた。もともと農民は、年中無休で朝早くから日が暮れるまで仕事を厭わず働き生きている。長が正直者で、成果配分も公平に行ったため、働き手がそれに報いて生産性は向上し、品質も向上した。そして、至極当然に農閑期だけでなく、年間を通して生産・営業活動を行うようになった。

この企業は、当初、ある村の特定地域に集まる農民の副業から生まれたが、次第にそれぞれが一家をあげての参加と拡がり、さらに周辺地域にも雇用を生み出していった。鎌や鍬、鋤の類の生産・修理を主として生産を行っていたが、次第に技術力と輸出率を高め、ボルトナット類や各種工具類、自転車用の空気ポンプや自動車部品などを手がけ、2000年には自動車部品の中でも付加価値の高いアルミホイールの生産にまで事業は発展していた。特筆すべきはボルトナット類で、自動車生産を行う先進国の販売シェアを毎年伸ばしている。

この企業の強みは何だとお考えになるだろうか。

小職の所見は、「もれなく、段階的な成長を遂げてきたことによって得られた経営管理技術である。」村には長(おさ)に至るまで、大学卒や高等技術専門学校出身者などいない。難解な経営の本や経済原論の本など読む者もいない。誇る技術も、過去の経験で積み上げてきたものしかなく、大学に依頼して企業の強みを理屈づけしているような状態である。

この企業の財務管理と原価管理を指導しているときに、生産管理や品質管理指導の日本人専門家から「コンピューター(ハード&ソフト)の導入」をサジェスションしてくれないかと強い要請があったが、しばらく精査した上で申し入れを拒否した。理由は、「ある意味、コンピューターを必要としない体制と文化があるから」である。

 

この企業が創業された時、計算の手段は当然算盤だった。算盤の得意なものが、経理を今日まで担っていたに違いない。現在、この企業にはコンピューターが、ただの一台も無い。多分に必要でないからである。原価計算をおこなうと、小数点以下数桁まで細かい数字を扱わねばならない。いい加減な計算をおこなうと事業年度全体で、費用や損失に大きく狂いが出てくる。そのような重要な計算実務も算盤で、対応がこの企業ではできている。この企業の長にある相談をもちかけた、長は、21世紀のそう遠くない時期に自国はもちろん外国の証券市場に上場したいという夢を持ち、若い職員には熱く語っていた。

「長(おさ)、あなたの夢は、絵空事ではない。努力すれば、いくらでも実現を早めにすることさえ出来る」と小職が励ますと彼は、「どうすれば早まりますか?」「日次決算システム」だと小職は説いた。その日のうちに、毎日、企業価値や正味総資産額がわかり、財政や経営成績を関係者に知らしめることができるし、社外の信用は高まり、資金調達力や人材の引き寄せる力は高まる一方だと。この企業は、農村地域に今でも鎮座している。鍛冶屋と農機具屋の真似事のような状態から周辺地域の農民の副業作業所を集約し、飲み込むような形で発展してきた。だから、広い敷地内の事業所や工場は、もともと独立していて、それぞれが事業統合される前は、それぞれの仕入先や販売先であった。ここに「日次決算システム」を導入した。小学校1年生の算数でつかう「こども銀行券」を真似て作り、各種伝票に添えて「こども銀行券」で即時清算を行い、その日のうちに現金清算まで行ってしまうのだ。原価管理や財務管理などは、理屈をつけずとも直ぐに成績が上向いた。基本的に社内での財貨の移動を全て、社内取引と捉えて行う。社内取引でも長期の前払いや未払い処理が必要であれば、誰しも事業計画を示し、社内融資を受ける必要がある。官民何れであっても、事業の存在が経済的に不適不良だと組織は、絶命に至ることは必定である、戒めたい。

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