米国の雇用統計

生活

 いつもなら、米国の雇用統計が発表されるとダウ平均や外国為替に反応が現れるものだが、今回の雇用統計は、デフォルト突入直前にデータが集められた

ということで、統計自体に信用がいまひとつ。

 

それでも市場は、必ず反応する。そうするとアナリスト達も見解を示すことになるのだが、信用できない数字に反応した市場をどういう風に見たらよいと

いうのだろうか?。

いやな話だが、共和党の強烈な保守的勢力がオバマケア(医療保険制度改革)に徹底的に反対するように主張し、デフォルトで途上国をはじめ世界経済に悪影響が出てもやむなしの姿勢を貫く以上、予想をはるかに超えた突発事象に備えることや行動指針を決めておいたほうがよいかも知れない。

なにせ、自分達の主張をとことん貫くことが民主主義であると信じる層が米国には存在しているのである。

 

先のデフォルト騒ぎは、10月17日に閉鎖された政府機関の再開という形で一端は収まったが、今後もデフォルト騒ぎが当分収まりそうにない。

第一、考えなけれなならないのは世界の基軸通貨米ドルを発行する国がデフォルト騒ぎを起こすという異常さと、今後もデフォルトが起きてもおかしくないという状況にある危うさはなんとしたことだろう。

 

10月17日、オバマ大統領も政府機関再開によせて演説を行っているが、「世界での米国の信頼をこれ以上ないほど傷つけた」としているがまぎれもない事実である。

さらに異常とも思えるのは、ヘーゲル国務長官の発言である。

「同盟国は米国が信用できるか疑問に思っている、安全保障に重大な影響を与えかねない」と。

現代は、国を単位に考える紛争や戦争ではなく、国境を越えたテロが頻繁に起きており、安全保障問題に支障がでるような事態に同時多発テロが起こされないとも限らない。自らの主張のために、安全保障や外交的な信用問題を引き起こすような事態を民主的な運動といえるはずはないと思うのだがいかがだろうか。

さて、債務には金利負担がつき物である。先の政府機関や施設の閉鎖にともなう給与やキャンセル料、利息の支払いは6億ドルに上るという、それらの負担も議会を人質にとる大多数のものたちが、負担を強いること自体、民主主義

のあるべき姿といえるのだろうか?。かえすがえすも残念な米国である。

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