遺徳ということ。陰徳ということ。

生活

 ポーランドという国は、旧共産主義体制においても親日国家と知られていた。

それは、バルト三国のひとつリトアニア同様である。リトアニアの場合、杉原千畝という外交官の国益と自らの職責との狭間にあっても、人道主義に寸分のぶれのない男の英断が多くのユダヤ人を救い、今日の日本人に大きな遺徳をもたらしている。杉原氏の名誉回復は、2000年に行われた。なぜ、もっと早くとも言われたが、彼の存在をあらためて多くの日本人に知らせ、また彼の取った行動の意味を深く考えさせる契機となった。彼を知らぬ多くの日本人がいる現実の他方、欧州の人々の心中には人道主義に溢れる日本人の姿がある。これは先人の陰徳でもある。

さて、ポーランド。なぜに親日的なのかは、第一次世界大戦後の日本政府の取った人道的な行動によるところが大きい。

 

第一次世界大戦のさなか、多くの政治犯や迫害を受けた人々が、シベリア送りをされ、強制労働と苛酷な環境下、尊い命を落とした悲しい史実がある。その犠牲になった彼らには、また多くの忘れ形見として孤児が現世に残された。時の欧州委員会は、罪なき孤児たちを引き取り、立派に育てようなどと呼びかけたが、一向に笛吹けど踊らずであった。

それを知った日本国政府は、是非もなく直ちに手を上げ、意思表明の2週間後には、孤児たちの迎えに向かっていた。欧州会議の参加国が手をあげない中、極東の国の取った行動は、国益に叶うとは到底思われない。しかし、心身ともに傷ついた孤児たちに、心安らぐ日々と滋養と愛情に充ちた食事や医療を施し、どれだけ孤児たちの健やかな未来を支えたか伺いしれない。その後、孤児たちは心身の健康を取り戻し、帰国を果たし、さらに養子縁組や自らの意思により移住をしていった。

後の世界大戦や地域紛争や大国の侵攻など、20世紀は戦争の世紀そのままに過ぎていった。世界中に、ちりじりばらばらになった孤児たちは、困難に直面した時、日本で過ごした温かく安らぐ日々を思い出し、日本の童謡を機会あるごとに口ずさんだという。孤児たちの第二の祖国となった日本の遺徳は計り知れない。これまでポーランドより招聘をいただき、日本の文化芸術のご紹介をする機会を3回頂戴した。先人の遺徳、陰徳があればこそと大切に受けとめさせていただいている。このところ、朝鮮半島との外交摩擦や竹島問題は、陰鬱な空気となって列島に届く。平和の構築は優れた指導者の資質にも頼るが、なにより大切なものは、日本人のひとりひとりの良心に住まう他者への思いやりや優しさと。今日より、はるかに一日を生きる事が困難な時代、先人の取った徳の溢れる行動に立ち返って、風雪に耐える真理に学びたいものである。

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