ろんごたいだん

 時代は今「変化」を求めている。行き過ぎた個人主義と拝金主義、深刻な環境問題に直面して、我々は「変化」の先に何を求めているのだろうか――。昨年、50歳を期に社長の座を降り、これからは「社会をよくするために活動する」と宣言された、ワタミ株式会社代表取締役・CEOである渡邉美樹氏を迎え、チャイニーズドラゴン編集主幹・孔健と「論語」をテーマに、人間の「本当の幸せ」について語ってもらった。「五十にして天命を知る…」渡邉氏が描く「夢」「生き方」を上下2回で掲載する。(写真撮影・佐藤龍)<2010年4月13日、20日掲載>

夢に日時を刻み込み、
いま五十にして天命を知る

自らの立脚点を探す。そのために論語を読む

孔健 渡邉さんとは、かねてからお会いしたいと願っていましたが、やっとお目にかかることができました。私の事務所が江戸川区の西葛西にあるのですが、そこの「和民」に行くたびに、店長さんやスタッフの方たちと『論語』の話をしていたんですよ。
渡邉 ほう、それはそれは。お客さまが従業員の教育をしてくださるなんて、うれしい限りです。ありがとうございます。
孔健 いま中国では、周潤發(チョーヨンファ)が主演した『孔子』という映画が大ヒットしています。すでに1億元以上の興業収入を記録していて、夏過ぎには日本でも公開の予定です。私の著作の一部も参考にしてもらっています。
渡邉 それは楽しみですね。ぜひ見なくちゃ。中国でもいま、孔子の思想に戻りつつあるんですね。
孔健 胡錦濤政権は「和諧政策」を打ち出していて、新しい社会像の基本を孔子思想に求めているんです。中国はいま、改革開放政策によって国民階層や地域間の格差が拡大し、行き過ぎた拝金主義や汚職・腐敗がはびこっています。これを是正して、万人がみな、幸福になれる調和の取れた社会を目指しています。このバックボーンになるのが孔子の思想です。
ところで渡邉さんはご自身でも『使う!論語』などの著書を記しているほどの蕫論語通﨟ですが、なぜ論語に興味をお持ちになったのですか?
渡邉 いや蕫論語通﨟なんてお恥ずかしい(笑)。本格的にふれたのは大学時代ですね。私は明治大学商学部の出身なので、『論語』は直接授業とは無関係でした。でも、亡くなった母親の影響で、中学時代、キリスト教に傾倒していたことがあり、熱心に聖書を勉強しました。高校入学と同時に、それに疑問を持つようになったのですが、そのころ、次は中国古典、それも論語を勉強したいと漠然と考えていたんですよ。
それで大学時代に、「論語の読み方」などの関連書に片っ端から目を通し、知らず知らず『論語』にふれていた。誰に教わったわけでもないのですが……。
孔健 渡邉さんは1959年生まれですね。私は58年、うちの弟は59年生まれです。同じ世代だから親近感がわくし、しかも『論語』という共通の土壌がある。では『論語』を読んで、どんな印象を受けましたか?
渡邉 『論語』が書かれたのはいまから2500年以上も前ですね。ずいぶん年月がたっている。でもいまでも古いと思えない。『論語』を読むと人間として生きていくうえで大切にすべき考え方は、大きく変わっていないことを思い知らされます。
『論語』の文言はきわめて簡潔に記されていますが、どの言葉も含蓄があり、奥が深い。その一言、一言を味わうたびに、自分自身の生き方、考え方、周囲の出来事が思い起こされ、考えさせられ、反省させられます。だから時間があれば手にとって、読んでは振り返り、生き方を反省するのです。
孔健 『論語』は生き方の根本を説くものですから、読むたびに気づかされることが多いですね。ぱらぱらとひもといて、それが示唆するものを自分の立場に置き換え、「ああ、なるほど」と納得する。そういう読み方こそ『論語』の真髄ですね。
渡邉 私は『論語』に詳しいかというと、まったく自信がありません。ただ、「大切なのは知ることよりも楽しむこと」とでも言いましょうか、『論語』を味わいたいという気持ちは強く、居間にも寝室にも、移動する車の中にも必ず『論語』は置いてあります。
よく、『論語』を知っている人はいろんな蕫翻訳﨟をしたがりますが、私はそれには興味がないんです。むしろ孔子が、人間が生きるうえで何を大切にしていたのか、読むままに、自分がそれを感じ取ることが大切だと思っています。
孔健 渡邉さんは大学時代に海外放浪を経験されたそうですね。その時代にも『論語』を読んでいたのですか?
渡邉 『論語』は人間模様そのものじゃないですか。私は大学を卒業したら会社を興して社長になろうと決めていたので、どんな事業をしようかを探るために北半球一周の旅をしました。事業とは人間を相手にするものですから、人間というものを知るためにです。そこで、欧米も日本も中国も、人間として生きる本質は変わらないということが学び取れた。これがいまでも私のバックボーンになっています。
孔健 海外を放浪した経験は、孔子とよく似ていますね。孔子も馬車に乗って、弟子たちと諸国を何年も旅しています。旅をしながら弟子たちと対話し、その中で人間のコミュニケーションの大切さを説いたのが『論語』。孔子はある意味で、当時のマスコミの先駆者だったのかもしれませんね。

夢実現の武器は「日付」と120%の努力

孔健 私は先ごろ、比叡山大阿闍梨の酒井雄哉師と共著で『「いま」このときを生きる』(日本文芸社)という本を出したのですが、酒井大阿闍梨のモットーは「一日一生」です。渡邉さんは「夢に日付を」と唱えているのですから、さしずめ「一日一記」ですね。なぜこれを提唱したのですか?
渡邉 じつは私は40年以上に渡って日記をつけるのを習慣にしています。小学校2年生のとき、母親が日記帳を買ってきて日記を書くのをすすめてくれたのが最初です。
やがて母親が病気で入院し、母親の顔を見たい一心で、週末ごとに見舞いに行きました。毎日、行きたいのですが、学校があるので無理です。1週間に1度のお見舞いを楽しみにしていたのですが、その1週間、私が毎日どう暮らしているかを報告したくて、毎日、日記を書きました。やがてそれが習慣になっていきました。
孔健 『論語』は自分自身を考えるためのものですから、日記は有効です。「渡邉論語」の下地は、そのときにできたわけですね。
渡邉 そうかもしれません。日記を書く習慣が身につくと、毎日、書かないと気持ちが悪いんです。会社を興してからは社員にも手紙を書いて、「夢をかなえるための考え方」を教えてきた。それが「夢に日付を」です。
孔健 「人、遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり」と孔子は語っています。自分の夢をかなえるには、遠い将来を見据えて考えを巡らし、いまから準備していくことが大切ですね。
渡邉 私の日記は単なる記録ではないし、後で楽しく振り返るためのものでもありません。毎日毎日、自分がやろうとしたことを達成できたのかをチェックするのが目的です。書くことによって自分のその日の態度を点検し、どの点がよかったか、どこが足りなかったかを反省するのです。
夢をかなえるには、夢に向かっていく毎日のステップを大事にしなければなりません。いくら大きな夢を描いても、一足飛びにそれがかなうわけではありませんからね。だから毎日、「夢に日付」を入れて、一歩一歩進んでいこうというのが私の考え方です。将来のことをしっかり計画しながら、いまを大切に生きるということ。それを私は『論語』から教わりました。
孔健 それにしても渡邉さんは「100%の努力では夢はかなえられない。120%の努力が必要」と語っていますね。ですがこれ、「言うは易く、行なうは難し」です。どうしたら120%が可能になるのですか?
渡邉 人間は頑張れば、「これがもうぎりぎりだ」というところまでは行ける。でも、ここから先が勝負。持てる力を充分に発揮して得られる成果が100%だとしたら、それに20%上乗せしたところに目標を置けということ。それくらいの気迫がなければ、けっして夢は現実になりません。
「もうぎりぎりだ」と思う線は、じつはぎりぎりではない。人間は自分に対して甘いものだから、ついつい「もう限界」と自分で決めてしまう。自分を甘やかしてしまうんですね。ですが「これが限界」と思った瞬間に、そこで努力が終わってしまう。しかし、「まだもっと上に行けるはずだ」と自分を鞭(むち)打てれば、まだまだ高みに登れるものなんです。これが「120%」の意味。物事を成し遂げたいのなら、それくらいの意気込みがなければ……。
孔健 同時に、一流の人間になるための「六原則」を提唱していますね。仕事、家庭、教養、財産、趣味、健康……。
渡邉 孔子は「四十、五十にして聞こゆることなくんば畏(おそ)れるに足らざるのみ」と語っていますね。
孔健 40歳、50歳になっても評判を得られないような人間は、しょせんは器が小さくけっして大成しないという意味ですね。
渡邉 そうです。でも「四十、五十にして聞こゆる」人物になるには、若い時代に120%努力して、全身全霊で物事に打ち込まなければならない。
ですが私は、仕事だけでいいとは思っていない。仕事がもちろん主になりますが、家庭、教養、財産、趣味、健康の六つのバランスが取れていなければ豊かな人生は送れない。この六つのあり方を常に自分に問いかけることで、将来の夢が確固たるものになっていく。
孔健 ですが若いうちは、どうしても仕事が中心になるでしょう?
渡邉 若い時代は、それでいいのです。20代、30代はがむしゃらに仕事をし、勉強をしていく。これを私は「社会人としての基礎体力」と呼んでいます。この基礎体力があれば、仕事の中に楽しみを見いだせ、その延長で、残りの柱が確立できます。そうすれば40代、50代に実りある生活が送れる。この結果、夢が実現できるのだと思います。
孔健 ご自身で実践してきただけでなく、社員の方たちにも、これを提唱しているんですね。
渡邉 ここまで物事を整理できたのは、やはり社員と向き合ってからですね。私は社員全員、それぞれの個々人が幸福になってほしい。仕事に全力投球するのはもちろんですが、やはり仕事だけでは人間は幸福になれない。だからここでも「120%」が大事になるのです。仕事、家庭、教養、財産、趣味、健康という柱がきちんと確立されていてこそ幸福になれる。まず仕事で柱を打ち立てれば、やがて、それぞれの柱の立て方がわかってきます。社員個々人に、「こう人生を考えていただきたい」と考えてつくった標語です。

五十にして天命にたどり着く

孔健 著書を拝見していたら、銀行に借金を申し込んで断わられたそうですね。「とても悔しかった」と書かれていますが。
渡邉 20年以上経営に携わってきた中で、あのときほど悔しい思いをしたことはありません。3店目までは順調に展開してきて、4店目でつまづいた。それまでと違う業態の店を出したのが失敗のもとで、間違いに気づいて立て直そうと、銀行に融資を申し込んだが断わられました。
「いつでも貸しますよ」と言っていた銀行の支店長が、会ってさえくれないのです。融資課長には「あなたの器はしょせん3店舗までで、4店舗目は無理だったんですよ」とまで言われてしまった。
銀行を出て駅まで歩く途中、悔しくて涙がポロポロ流れました。ただそれは、融資がOKにならないのが悔しいということではなく、私という個人の人間性を否定されたからです。「あなたの器はそんなに大きくない。このくらいが限界でしょう」と決めつけられてしまった。人間性が低いと思われてしまったのが悔しかった……。
孔健 でも、その悔しさがバネになったんですね。
渡邉 私はたしかに失敗した。それは私が慢心していたからです。早いうちに鼻をへし折られたのが幸いでした。それからはいつも、二度と失敗しないように、慎重に検討を重ねる癖がつきました。いまから考えると、私を成長させるために、神様が彼に悪役を演じさせたのではないでしょうか。
孔健 「過ちて改めざる、これを過ちという」と孔子も言っていますが、間違ったら、その原因を考え、再び過ちを繰り返さないように心すること。めげず、あきらめず、過ちを成長の糧にする……素直にそう考える人だから、渡邉さんは成功したんですね。
ところで渡邉さんはいま50歳ですね。孔子は「五十にして天命を知り、六十にして耳順う」と述べています。50歳の渡邉さんは、今後、どう生きていくおつもりですか?
渡邉 じつはここ1年ほど、以前にも増して『論語』を一生懸命に読むようになったのです。
というのは、私は50歳になったら人生を変えようと思っていたからです。これまでの私は経営に邁進(まいしん)してきましたが、これからは「天命」に従って生きようと決めたのです。そこで孔子がいう「天命」とは何なのかを知りたくて、懸命に論語を読み解きました。
孔健 孔子は50歳のときにはまだ政治を志していて、その後、教育者の道を選ぶわけです。
渡邉 そうですよね。私自身にとっての「天命」は、より多くの人を幸福にする道を模索すること、そのために自分ができることを精いっぱいやっていくことだと気づいたのです。
私自身はこれまで、経済の分野で生きてきましたが、蕫よりたくさん人の幸福﨟を念頭に置くようになってからは、政治に対して積極的に発言するようにしています。
いままでもスクールエイド・ジャパン(SAJ)という公益財団法人を通じてカンボジアの子どもたちのために学校を建設したり、満足に食事がとれない子どもたちの給食支援などもしてきましたが、これからはもっと世界を広げて、より多くの人たちに幸福をもたらす活動を主にしていこう……それが私の天命だとわかったのです。
孔健 世の中をよくすることがご自分の天命だと悟ったわけですね。
渡邉 私の会社は老人ホームも運営しています。ですがどう頑張っても、ここには4千人ほどしか収容できません。しかしこの枠を超えて、老人ホームのあり方そのものを考え、政治や制度の改善を訴え続けることで日本中の老人を救えるかもしれないし、老人ホームをもっと増やすことができるかもしれない。
そのためにどんな政策を取ればいいのか、もっと整理しなければなりませんが、より多くの人の人生に関(かか)わっていき、この国の形をもっとよくしたい。そのために力を尽くすこと、それが私の天命なのですね。
孔健 まさに「五十にして天命を知る」を実践しているわけですね。

地球を救う「恕」の精神
それを追い求めて「日付のない夢」の旅に出る

 

なぜ地球上で一番多くの「ありがとう」を集めるのか

孔健 「天命」の話の続きをおうかがいしますが、その天命にしたがって生きるための日付はどうなっているのですか?
渡邉 これに関しては日付がありません。大きすぎて入れられないのです。
というのは、私はこれまで、会社の事業を広げ、経営を安定させ、社員を幸福にすることだけを考えてきました。ですがその一方で、やはりお金では夢は買えないと考えている自分がいました。
孔健 ほう。それはどんな夢なんですか?
渡邉 起業した当時は、私もお金が欲しくてたまりませんでしたよ。通帳の残高を気にせずに買い物ができるようになりたい、年収1億円を稼ごうと、それを目標にしたこともあります。
孔健 それを達成したら、次の夢が出現したというわけですか?
渡邉 というより、私は大学時代からボランティア活動をやっていたように、社会のために役立ちたいという気持ちが強かったのです。50歳からはそれを「天命」にしていこうと考えたわけです。
そもそも、私がなぜ成功できたのか。それはお客さまが「ありがとう」をくださったからだと思っています。「ありがとう」の代価としてお金をいただき、そのお金を使わせてもらうことで、私たちはここまでやってこられた。つまり私にとって、お金を得ることは「ありがとう」を集めるためであり、より多くの人たちによろこんでもらうことだったのです。
孔健 そういえばワタミのグループスローガンは「地球上でいちばんたくさんの、ありがとうを集めるグループになろう」でしたね。
渡邉 そうです。「夢に日付を」は、夢のために毎日を全力で生き、人間性を磨き、充実感を持って生きる幸福観でした。しかし、人間の真の幸福は、世のため、人のためを考えることで得られるのではないかと思うのです。そのシンボルが「ありがとう」なんですよ。
孔健 いま日本でも中国でも、「自分さえよければ他人はどうでもいい」「お金で買えない幸せなどない」などという風潮がはびこっていますね。だからこそ「本当の幸せとはなんなのか」をいま一度、真正面から問うてみる必要がありますね。
渡邉 人類はいま大きな転換期を迎えていると私は考えています。経済の発展、産業の進歩は結構なことですが、同時にそれが地球上の貧富の差を生み出してきました。いまや先進国の人間は、「自分のためだけならもう十分」なのに、相変わらず貧しい国から富を奪おうとしているし、そこの人々に対する責任を果たそうとしない。
孔健 いまほど孔子の説く「仁」の精神が大切な時代はありませんよね。仁愛がなければ地球は救えない……。
渡邉 仁も大切だし、「恕」も不可欠ですね。この二つが、私の人生で孔子からもっとも影響を受けた言葉です。
孔健 「恕」は「心の如く」と書きますが寛大な精神、慈愛の精神ですね。
渡邉 思いやりというか、相手の立場に立つということですよね。自分がしてほしいことを相手にしてあげる。してほしくないことはしない。自分が目的を達成したいなら、相手にも目的を達成できるように手助けする。
貧富の格差も深刻な環境問題も、食糧問題も、一部の人間だけが豊かさを享受し、己の欲望だけを優先させてきた結果だと思うのです。こんな自制のきかない欲望のままに生きていては、地球に未来がないことは誰の目にも明らかです。
孔健 なるほど、そうした状況も踏まえて、100年後の人類のために発信し、活動する命を、渡邉さんは天から受けたのですね。
渡邉 いやあ、そう言うと、さぞかし私が立派な人間のように誤解されそうですが、けっしてそんなことはないんですよ。
以前は私だって、「いい車に乗りたい」「いい家に住みたい」といった欲望が自分のモチベーションになっていました。「自分の欲」にとらわれて、ふと気づくと、そんな自分を恥じて、世の中のために役立ちたいと思い直す。だがしばらくするとまた、自分の欲が頭をもたげてくる。その間を行ったり来たりしながら、ようやくここまでやってきたのですよ。
孔健 それでもいいんですよね。人間は誰でも自分がいちばんかわいい。葛藤(かっとう)があるのが当たり前です。でも「社会のため」を考えていくと、自分の欲望にとらわれていては見えないものが見えてくるのではないでしょうか。
渡邉 いろいろな「気づき」を得ますね。その気づきが人間を成長させ、その人を幸福にしていく。私はそう信じています。

「恕」の気持ちがあれば幸福に生きられる

孔健 渡邉さんは「郁文館夢学園」の理事長もなさっていますね。なぜ学校を運営しようと考えたのですか?
渡邉 私自身、大学時代はボランティア活動に熱中していましたが、その中で教育が子どもたちに大きな影響を与えることを実感していたので、22歳のときから、将来は教育に携わっていこうと決めていましたから。
孔健 会社設立の前から、絶対に学校をつくろうと決めていたそうですね。
渡邉 まだ2店舗くらいしかない時代にも、「学校をつくるぞ」と社員に宣言していました。誰も信じていなかったですがね。「学校なんか無理でしょ」というから、「いや、絶対につくるんだ」と。
孔健 郁文館は以前は大変な教育環境にあったそうですが、夢学園になってからはよくなっているのですか?
渡邉 おかげさまで、とてもいい学校に変身し、入学者が殺到しています。
孔健 経営的にはずいぶん大変だったそうですね。
渡邉 私が経営にタッチする前からいた先生は、3分の1くらい辞めていきました。私は教師は労働者ではなく蕫聖職﨟だと考えていますから。子どもたちにきちんとした理念を教えられず、給料だけを稼ぎに来るような先生は、こちらから願い下げです。
孔健 郁文館夢学園でも「恕」の精神を教えているのですか?
渡邉 もちろんです。「自分の立場を人の立場に当てはめることができれば、君たちはこれからの人生を必ず幸せに生きていける」と訴えかけています。お互いが相手の立場を考えるようになれば紛争も戦争もなくなり、世界が平和になるし、環境問題も食糧問題も、すべて解決する。恕がないからつまづくんですよ。
孔健 「私とあなたは同じ立場にいるよ」という協調の精神ですね。
渡邉 そうすれば人間の幸福に関(かか)われますね。自分だけがよければいいというのは小さな世界の話で、相手の立場を考え、相手がこういうことをしてほしいのだろうなと考えることができれば、そこに広がりが生まれる。私はこの「恕」という言葉が21世紀、地球を一つにしていくものだと思うのです。
孔健 孔子は諸国を放浪していたとき、弟子に「国をよくするにはどうすればいいか?」と聞かれたんです。孔子は答えました。「国をよくするには近くの人をよろこばせ、遠くから人が集まってくるようにすることだ」と。それは豊かさであり、和ですね。和があればみんなで分け合うから「輪」ができる。それが豊かになるということで、その気持ちを植えつける教育が大切ということですね。一度、学校を見学させてください。
渡邉 ぜひお越しください。子どもたちに『論語』の特別講座をお願いできればうれしいです。

カンボジアで教えられた何より大切なこと

孔健 それと同時に、カンボジアやネパールに学校を建設していますね。
渡邉 公益財団法人スクールエイド・ジャパン(SAJ)の活動ですね。いままでは、郁文館に通う子どもたちを見守っていればよかったのですが、今後はここに来られない子どもたちに目を向け、恵まれない子どもたちを少しでも救うことに力を注ぎます。
孔健 SAJとはどんな組織なんですか?
渡邉 カンボジアとネパールで学校建設を中心とした貧しい子どもたちへの支援事業をするボランティア組織です。教育を受けられる環境を整備して、一人でも多くの子どもたちに教育の機会を与えたいという主旨で活動を続けています。
カンボジアを例にとれば、過去の内戦の後遺症による飢餓や貧困で、国民の大多数が慢性的な飢えにあえいでいます。HIVなどの病気で親を失い、孤児になる子どもも後を絶たない。国連世界食糧計画(WFP)の調べでは、半数以上の子どもが小学校にも通えず、高校に進学できるのは全体の1割程度という状態です。満足に学校教育が受けられないので、自分の能力を磨くこともできないし、社会に出た後の自立もできない。
そこで私たちは、学校を建設し、教材を提供し、教員を派遣することで子どもたちに教育が受けられる環境を整備していく。個々人の資質を磨き、彼らの「夢」をはぐくんでいきたいのです。貧しくて満足に食事が取れない子どもたちに給食やお米の支援もしていますし、日本から医師団を連れて行き、病気の子どもの治療に当たる活動も続けています。
カンボジアにはエイズの子が大勢います。原因不明の高熱で左半身不随の子もいます。コブラにかまれた傷口が腐り、足の神経がまひしてしまった子、頭がい骨骨折で脳みそが露出したままの子、目の横にナイフが刺さって失明してしまった子など、言葉にならないほど痛々しい姿があります。プノンペンでさえ十分な医療機関があるといえない国情では、ろくな治療も受けられずに放置されています。
ほかにも、貧困家庭の子どもたちを対象に、新しい制服やボールペン、ノートなどの文房具を支給する「ふれあいサポートプラン」を実施しています。そこで読者の皆さまに寄付をお願いしたい。毎月1千円でも寄付をいただければ、この援助で子どもたちを学校を通わせ夢をはぐくむことができるのです。
孔健 孔子の言葉に「徳は弧ならず」があります。いまの渡邉さんは徳を積み重ねている時期ですね。
渡邉 そんなに立派じゃありませんよ。ただ、少しでもそれに近づければうれしいですけどね。

和を以て貴しとし、信をもって生きよ

孔健 それにしても、「和民」とはいいネーミングですね。「和の民」ですからね。
渡邉 「和の民」とはなごやかな人たちであり、和食をイメージする言葉です。「和を以て貴しとなす」という孔子の言葉もありますし。
孔健 「和」といえば、人間が生きていくうえでは友達の存在が大切になりますが、渡邉さんが友達を選ぶ基準は?
渡邉 「与(とも)に学ぶべし、未だ与に道に適(ゆ)くべからず」という孔子の言葉がありますね。一緒に学んでも、同じ道を行くとは限らないという意味ですね。私は友達と「群れよう」と考えないんです。仲良く一緒にいようというのが友達じゃない。友達とはお互いが切磋琢磨(せっさたくま)していく存在でなければならない。
孔健 「己に如かざる者を友とするなかれ」とも言いますね。自分に及ばない者は友人にすべきでないという。「君子の交わり淡きこと水のごとし」という言葉もあるように、一生に一度しか会わない人でも、心から共鳴するものがあれば、それが本当の友達だと思います。
渡邉 同じレベルで、同じ価値観で、同じようにものを考えられる。そしていっしょに事を成せる。それが真の友達というものだと思います。自分を磨いている人、あるいは価値観や志を同じにして、切磋琢磨できる人間、それが真の友人というものだと思うのです。
孔健 もう一つおうかがいしたい。「信なくば立たず」と言いますが、「信」ということについて。最近の日本社会からは、とみにこの言葉が消え失せています。
渡邉 積極的に政治にもの申そうと決意してから、もっとも気になるのがこの言葉ですね。昨年、ヨーロッパを視察したのですが、びっくりしたのは、みんなが税金をよろこんで払っていることです。まるで貯金をするように払う。自分が税金を払うのは社会のためであり、自分も社会に支えられている。だから税金を払うのは当然だという感覚です。これが「信」だと思う。「この政治家に税金を渡せば、みんなのためにちゃんと使ってくれる」という信が、社会に行き渡っている。
でも日本の場合は、誰もよろこんで税金を払おうとしない。政治に信がないからです。
孔健 この国は「信」を真っ先に取り戻さなければならない。孔子は「政治の目標」として「食糧を豊富にし、軍備を充実させ、人民に信義を持たせること」と語っていますが、このうちもっとも大切にすべきは信義だといいます。「人民に信義がなくては国家も社会も成り立たない」と。政治が国民からそんな「信」を勝ち取る姿勢が、いまの日本に必要なのですね。
渡邉 政権交代は実現したものの、相変わらず「信」の政治が実践されているとは思えません。国民に「信」を問うためにもう一度出直し、信のあり方を組み立てるべきではないかと思いますよ。
ただ、いまの日本は膨大な借金を抱えているので、あまり悠長なことをしていられない。「ご破算で」を繰り返していられないので、速やかに立て直す必要があります。
孔健 私の祖国中国は、鳩山政権に好意的です。胡錦濤は「兄弟的友好」で政権を見守っているのですが、相次ぐ不祥事で、蕫兄弟﨟が心配しています。ここにも一種の「信」が必要なのですが、まだ日中の間には「信」が形成されていない。これからどうやって信を築いていくか。日本は本当に大丈夫なんでしょうかね?
渡邉 日本国民は優秀ですし、潜在的国力もある。何らかのきっかけがあれば立ち直るはずです。
孔健 渡邉さんは、いまの中国に対して、どんな印象を持っていますか?
渡邉 間違いなく、これからの世界をリードする国だと思いますよ。だからこそ、孔子の精神に戻ってもらいたい。
孔健 それにしても、渡邉さんの『使う!論語』はいい本ですね。
「活学活用」という言葉がありますが、論語を活学として活用している。いくら知っていても、実際に用いなければ宝の持ち腐れですからね。
しかも渡邉さんは若者のオピニオン・リーダーでもありますから、渡邉さんが論語を語ってくれれば、若者が『論語』に興味を持ってくれるはずです。ありがたいことです。孔子も感謝しているのではないでしょうか。

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