チャイニーズドラゴン

愛・地球博の興奮からはや5年――。上海市の黄浦江地区両岸を会場に、5月1日から10月31日までの期間中、上海万博が開催されます。上海万博は、08年の北京五輪開催とともに、「変わりゆく中国」を全世界にアピールする一大国家プロジェクト。カウントダウンで盛り上がる上海の街は、「万博バブル」で沸き立っています。そんな街の活気や、万博に関するホットな話題を、シリーズで伝えていきます。

読者のみなさんからの写真を大募集!!

チャイニーズドラゴンでは、上海の街角や上海万博にまつわる本紙連載用の写真を募集します。
写真応募に当たっては200字程度のコメントを添えてください。詳しくは下記へメールでお問い合わせください。

週刊チャイニーズドラゴン・上海写真係 seisaku@chinesedragon.co.jp

2010年10月12日

このコラムでは、上海の話題を中心に取り上げているのだが、これまで上海のほか、杭州や紹興といった上海近郊の街も紹介してきた。上海、杭州、紹興――それぞれに個性があり、自分にとって大切な場所であるこれらの都市に共通するキーワードは、「水のある風景」ということだ。
上海は日本からのフェリーが発着する海の玄関口であり、美しい黄浦江の風景がある。杭州といえば、天下に知られた西湖。特に湖面を黄金色に染める夕日のシーンの素晴らしさは、筆舌に尽くしがたい。そして、魯迅と紹興酒のふるさと紹興。市内には細い水路が網の目のように通じており、水辺では今も昔ながらの暮らしが営まれている。小舟に揺られて巡るのもいいが、水路に架かるたくさんの小さな橋を行ったり来たり、そぞろ歩きが楽しい。歩き疲れたら、途中で紹興酒タイムという楽しみもある。
5月から興奮と感動を届けてきた上海万博は間もなく閉幕する。「水のある風景」は人を和ませるとはいえ、残りの期間中、「雨」には遠慮してもらい、さわやかな秋晴れのなかフィナーレを迎えてほしいと思う。
(文・写真 本紙記者・内海達志)

2010年9月21日

 写真は上海を代表する繁華街の豫園商場。小龍包で有名な「南翔饅頭店」の本店もあり、いつも長蛇の列ができている。日本でいうなら、浅草的な下町の活気がみなぎる楽しいエリアだ。
ただ、ここで気をつけなければならないのがスリ。記者自身は被害に遭ったことはないのだが、スリの現場を2度目撃した。
2度とも、被害者は日本人ツアーの女性。肩からかけていたバッグを奪われたケースと、バッグの中から現金を抜かれたケースで、犯人はいずれも少年だった。犯行後、少年はあっという間に人混みに紛れてしまったため、もちろん被害者は泣き寝入り。上海に限らず、外国では、貴重品を守るのは自己責任と言えなくもないのだが、この一件で中国を嫌いになってしまったとしたら、残念このうえない。
中国人は基本的に親切な人のほうが圧倒的に多く、上海も治安がいい都市ではあるのだが、豫園商場はスリ被害の多発地帯とのこと。豫園商場では、開放感7割、緊張感3割くらいで歩くのがちょうどいいように思う。
(文・写真 本紙記者・内海達志〕
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2010年9月7日

上海ゆかりの作家といえば、文豪・魯迅の名を挙げないわけにはいかない。1927年に広州から移住したのち、1936年に没するまでの晩年、魯迅は上海で生活していた。上海時代は、内山完造、金子光晴ら日本の文人との交流も盛んで、森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介など、多くの翻訳書を手掛けている。
現在の魯迅公園は、かつては虹口公園と呼ばれていた。公園周辺は、魯迅の旧居があった場所で、生前はよく公園を散歩していたという。公園内には、墓碑や魯迅記念館がある。
魯迅の故郷は、紹興酒で有名な紹興市。上海から手軽に訪れることができる水郷の街で、行きつけだったという酒屋も残っている。上海市内にも支店があるが、やはり紹興の本店の雰囲気がいい。
魯迅作品を手に、のんびりと魯迅ゆかりの地を歩く時間が好きだ。もちろん、散歩の合間に本場の紹興酒を味わいながら。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年8月31日

 ほのぼのとしたタッチのこの絵は、「金山農民画」と呼ばれている。本物の農民が農作業の余暇を利用し、日常風景や伝統文化を描いたもので、2007年にはユネスコ世界無形文化遺産にも登録された。もともとの起源は正月を祝う年画だったのだが、文革時代以降、現在の農民画スタイルが確立されたという。
上海近郊の楓鎮が発祥の地といわれている。楓鎮には、06年に農民画家村がオープン。何人もの“兼業農家”が、昔ながらの家屋に暮らしながら、創作活動に励んでいる。
まだ農民画家村を訪れたことはないのだが、この農民画が好きで、上海へ行くたび、気に入った作品を購入している。ただ、農民画人気に便乗した“ニセ農民画”も大量に出回っているとのこと。怪しげな露天商から買ったものではないけれど、芸術作品の真贋(しんがん)を鑑定するだけの審美眼は持ち合わせていないから、果たして本物かどうかは自信がない。
とはいえ、本物かどうかはさておき、この絵を眺めていると、心が和むことは事実だ。すべてが大きく様変わりしてしまった中国――。こうした素朴な農村風景を、もはや芸術作品のなかでしか体験できないのが残念なのだが。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年8月24日

 上海での滞在中は、近くにホテルを取ることが多いせいもあって、上海明珠テレビ塔や超高層ビル群が見える黄浦地区を朝の散歩コースにしている。お世辞にも空気がきれいとは言えない上海だが、朝のうちはまだマシだ。ゆっくり読書でもしたいときは、緑の多い魯迅公園を選んでいる。
散歩中、通勤途中のエリートサラリーマンを観察すると、彼らの表情は総じて明るくない。発展著しい上海の、しかもビジネスの中心地で働くということは、それだけプレッシャーも大きいのだろう。サラリーマン集団が去ったあと、続々とやってくる観光ツアー客のリラックスした表情とはあまりに対照的で、上海のリアルな鼓動を感じずにはいられない。
街は上海万博開催でお祭りムードなのかもしれないが、圧倒的多数の人は、いつものようにオフィスへ向かい、黙々と仕事をこなし、万博とは無縁の生活を送っているのだ。万博フィーバーのすぐそばでは、きょうも上海人の「日常」が繰り返されている。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年8月10日

 上海といえば、ファッション・流行の最先端をゆく、全国で最もオシャレな街といっていいだろう。実際、道行く若者、特に女性のファッションはあか抜けている。東京で目にする少女やOLとほとんど変わらない。中国人女性は、もともとスリムな体型の人が多いから、むしろ日本人よりも見栄えがいいくらいだ。ただ、記者が旅先で仲良くなるのは、ほとんどが酒好きの男性。こうした素敵な女性とは、なかなか知り合うチャンスがないのが残念なのだが。
オシャレな上海とはいえ、ちょっと裏通りに入れば、まだまだ素朴な若者も見受けられる。あるおみやげ屋に入ったときのこと。手持ちぶさたな様子の少女が、ガリガリと生のキュウリをかじっている場面に遭遇した。夏の暑い一日、みずみずしいキュウリがうまそうに見えたものだが、キュウリを手に接客とは失礼千万――とは感じず、思わずクスリと笑ってしまった。このユルい感覚が、日本にはない魅力でもある。
街がどんなに近代的に変わっても、キュウリが似合う一面も残っていてほしいと思う。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年8月3日

 運営面その他で、ようやく軌道に乗った印象がある上海万博だが、開幕直前はテーマソングなどの“パクリ騒動”が、連日、クローズアップされていた。“パクリ”は上海万博に始まったことではなく、あらゆる分野で氾濫(はんらん)しており、不名誉かつ残念なことだが、中国のイメージを大きく傷付けている。
上海万博が終われば、上海っ子の次の関心は、2014年にオープン予定の上海ディズニーランドに向けられることだろう。すでに建設予定地周辺では、土地価格の暴騰など“ディズニーバブル”が顕著になっているという。
が、こうした盛り上がりのなかで心配されるのが、海賊版ディズニーグッズの存在だ。上海市内には、さまざまな海賊版商品があふれており、ディズニー歓迎ムードに水をさしている。
“パクリ商品”にされたミッキーマウスの表情が悲しげに見えるのは、記者ひとりではないはずだ。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年7月27日

 毎回、明るい話題、楽しい話題を中心に紹介しているのだが、今回はちょっと切ない話を。以前、上海在住のライターと写真近くの工事現場を訪れた際、何人かの出稼ぎ労働者から話を聞く機会を得た。まもなく開幕する上海万博の話題を向けたところ、男性は「俺たちの生活は、ただ働いて寝るだけ。万博を見に行く時間も、経済的余裕もない。万博なんて、遠いところで開催されるような感じだね」とさびしく笑っていた。「もちろん、万博効果で景気がよくなってくれるのはありがたいが」と付け加えていたが、上海に住んでいても、実は万博と無縁な生活を送っている人のほうが圧倒的に多いのだ。言うまでもなく、田舎に暮らす彼らの家族もまた、万博を体験する機会はないだろう。
万博会場からそう遠くない場所で、今も万博とは無縁な人々が汗を流し、工事の槌(つち)音を響かせているはずだ。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年7月20日

 前回、紹介した西湖がある杭州は、中国十大名茶のひとつに数えられる龍井(ロンジン)茶の名産地として知られている。
龍井とは、杭州郊外の地名。もともとは龍井村の特産品だったのだが、現在は獅峰、雲栖、梅家塢で作られたものがブランド茶として有名だ。
以前、茶畑を訪れた際には、農家の軒先で茶葉を煎(い)る作業を見学する機会を得た。摘みたての新茶の馥郁(ふくいく)たる香りは絶佳。現地で飲むのが一番ではあるが、土産用に買ったパックも好評だった。
西湖の湖畔エリアには、落ち着いたたたずまいの茶館がたくさんある。西湖の夕日を愛(め)でながら味わうお茶の味は格別だ。
杭州は紹興酒の本場、紹興にも近い。そのため、毎回、紹興酒をついつい飲み過ぎてしまうのだが、酒が抜けきれていない翌日は、一段とお茶がうまく感じられる。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年7月13日

 前回は上海の庶民派グルメを代表する小籠包の名店、豫園に本店を構える老舗「南翔饅頭店」を取り上げたが、今回はもう一軒の小籠包の名店を紹介しよう。
台湾に拠点を置く、上海料理の「鼎泰豊」。もちろん、小籠包が看板メニューだ。
1958年、山西省出身の男性が1号店を開店。その後、評判が評判を呼び、いまや台湾、中国のほか、アジア各地に支店を出すまでの超有名店となっている。ちなみに、当時は食用油の販売店で、小籠包は単なる副業だったという。日本では高島屋などに出店しているので、「ああ、あの店」と思い出される方も少なくないだろう。
その実力は、かつて米国で「世界の10大レストラン」に選ばれたほど。庶民でにぎわう「南翔饅頭店」よりは、ちょっと高級な感じではあるが、上海で食べれば、それほど予算はかからない。
以前、上海の某店で厨房を見学させてもらったことがある。なにより驚かされたのは、作業のスピードだ。次から次へと、あっという間に小籠包が出来上がっていく。職人たちの熟練した技術は、見事の一言だった。
上海を訪れたなら、「南翔饅頭店」と「鼎泰豊」、ぜひ名店の食べ比べを楽しみたい。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年6月22日

 上海の新しい玄関口として、2006年7月1日、徐匯区に開業したのが上海南駅だ。外観はUFOを彷彿とさせる斬新なデザインで、駅舎内へ入ると、3万平方メートルを誇る巨大な空間に圧倒される。ちなみに、この巨大空間には柱が1本も使用されていない。ガヤガヤした空気はほとんど感じられず、駅というよりは、地方空港のターミナルといった印象だ。
上海南駅の開業に伴い、上海発の列車の一部が、南駅発に変更となった。上海から近い大観光地、杭州へ向かう高速列車「和諧号」も、ここから発車する。切符を買うのも、乗車するのも非常にスムーズで、すべてがシステマチックな上海南駅ではあるが、鉄道ファンの記者としては、人民の熱気が満ちあふれ、旅立ちの高揚感に浸ることができた、ひと昔前の上海駅が懐かしい。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年6月15日

 今回は日本人の間でも知名度が高く、そして人気も高い蘇州の名刹(さつ)・寒山寺を紹介しよう。
創建は南北朝時代の天監年間(502~519年)で、寒山寺の寺名は、唐代の貞観年間(627~649年)に、天台山の国清寺にいた風狂の僧・寒山が草庵を結んだという伝説にちなむ。寒山は、森鴎外の小説にもなった「寒山拾得」でもおなじみだ。
しかし、寒山寺といえば、唐代の詩人・張継が詠んだ七言絶句の名作「楓橋夜泊」だろう。
「月落烏啼霜満天 江楓漁火対愁眠 姑蘇城外寒山寺 夜半鐘聲到客船」
漢文の授業で習った美しい韻律を、多くの日本人が記憶にとどめているのではなかろうか。
また、寒山寺は大みそかの除夜の鐘でも有名で、この日は日本からも多くの観光客が集まり、情感あふれる鐘声に酔いしれている。
蘇州は上海から1時間ほど。上海とはまったく異なる静かな世界がある。ぜひ足を運んでほしい。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年6月8日

 上海を代表するグルメといえば、まず頭に浮かぶのが、以前に紹介した上海蟹(がに)や、日本にも出店している「南翔饅頭店」の小龍包ということになるだろうか。もちろん、これらのグルメは地元の人にも大人気ではあるのだが、最近、ブームになっているのが「素菜」と呼ばれる精進料理や健康志向のレストランだ。
こうしたレストランを何度か利用したことがあるのだが、地味なイメージはなく、オシャレなカフェバーといった雰囲気の店が多かった。油っこい料理や香辛料がきつい料理は苦手、という人でも、こうした店のメニューなら安心して食べられるだろう。値段もそれほど高くない。
ただ、確かにおいしい料理ではあるけれど、数日しか滞在しない観光客にとっては、正直、ちょっと物足りなさを感じてしまう。せっかくの上海旅行、「滞在中はカロリーなど気にせず、思いきり油っこい中華料理を食べて、ビールや紹興酒も好きなだけ飲みたい」と、日ごろから不健康な食生活の記者は思っている。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年6月1日

 上海でのおみやげ選びは難しい。空港みやげの定番「パンダチョコ」ではあまりにも能がないし、工芸品も好き嫌いが…。そんな迷いが生じたとき、いちばん無難といえるのが、シルク製品だろう。ハンカチやスカーフならかさ張らないし、値段もそれほど高くない。
絹生産の本場として知られる、上海近郊の蘇州などでは、シルク工場を見学することができる。蚕から生糸を取り出し、製品となるまでの過程は、なかなか手が込んでいて興味深い。
こうした工場には、必ずショップが併設(本当はこっちがメーンなのだろうが)されており、達者な日本語を操る売り子が、言葉巧みに布団セットなどをセールスしている。いつも記者は何も買わないのだが、ツアー客の生態を観察していると、大量に購入している人が少なくない。年間にすれば、かなりの売り上げになっていることだろう。
いまや中国から日本へのルートが、“現代版シルクロード”なのかもしれない。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年5月25日

 昼間、万博見学や街歩きで疲れてしまったとしても、夜にホテルで休んでいるのはもったいない。なぜなら、上海が最も上海らしさを演出するのは、色とりどりにライトアップされる夜だからだ。
上海の夜景の名所は、ランドマークの東方明珠塔を中心に、超高層ビル群が並ぶ外灘(バンド)地区。黄浦江の川風に吹かれつつ、遊歩道を散歩しながら眺めるもよし、租界時代の雰囲気をとどめるレトロな建築群と未来都市を彷彿(ほうふつ)とさせる摩天楼、両岸の夜景を同時に眺められる観光クルーズ船から眺めるもよし――。あまりの眩(まばゆ)さに、上空の月も霞(かす)みがちだ。
夜景を堪能したあとは、すぐ近くにある最大の繁華街、南京路の周辺を歩いてみたい。特にこれからの季節は、涼しい夜を待っていたかのように大勢の人が繰り出し、昼間以上の熱気に包まれる。万博会場とは違って、あまり疲労を感じない、快い“大混雑”だ。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年5月11日

 連日、上海万博会場のにぎわいを伝えるニュースが報じられている。上海万博は、北京五輪とともに、中国が世界に認められる大国となったことを証明する、エポックメイキングな晴れ舞台。毛沢東、周恩来――今日の繁栄の礎を築いていた巨星たちは、めい界からどんな思いで万博のけん騒を眺めているのだろうか。
上海は、中国共産党が産声をあげた地でもある。1921年7月13日、旧フランス租界にあるレンガ造りの建物で、第1回共産党全国代表大会が開かれ、ここで正式な結党宣言が発表された。当時の共産党員は、わずか53人。会議には、そのなかの代表13人が出席したのだが、そこには若き日の毛沢東の姿があった。
この歴史的な建物は、「中国共産党第一次全国代表大会会址」(一大会址)として保存されている。一大会址の所在地は、レトロモダンな観光スポットに生まれ変わった「新天地」の一隅だ。共産党誕生の地が、上海で最もオシャレといわれるエリアで異彩を放っているところが、いかにも新旧の魅力が混在する上海らしい。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年5月11日

 いよいよ上海万博が開幕を迎えた。パクリ騒動、リハーサルでの大混雑など、いろいろと問題はあったものの、多くの人に感動を与え、後世に語り継がれるような素晴らしい大会になってほしいと思う。
どこへ行っても人、人、人というのが万博の代名詞とはいえ、あまりの混雑に“人間酔い”してしまったら、ぜひ上海近郊に点在する水郷を訪れてみたい。上海と杭州の間には、同里、朱家角、烏鎮、西塘など、1千年前と変わらぬ昔ながらの風情豊かな水郷風景が数多く残っている。
写真の水郷は同里。50以上の橋が架かる水路を手こぎ舟が行き交い、水辺では、穏やかな表情の老人たちが、日がなお茶を楽しみ、将棋に興じている。観光客を意識した「作られた水郷」との一面は否定できないものの、そこには実際に人々が生活しており、テーマパークにはない人間の温もりがあふれている。
静かな茶館で、ゆったりと流れる時間に身を任せていると、万博のお祭り騒ぎが、別の世界のことのように感じられるだろう。
(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年4月27日

前回、味のあるオールドジャズバンドの話題を紹介したが、このバンドが活躍していた「和平飯店」(ピースホテル)など、数々の重厚な洋風建築が建ち並んでいるのが、上海を代表する観光スポットのひとつ、外灘(バンド)地区だ。黄浦江をはさみ、未来都市をイメージさせる東方テレビ塔や超高層ビル群の「新」、クラシカルなオールド建築が続く「旧」、二つの異なる個性が観光客を魅了している。
青空に映える昼もいいが、ライトアップされた夜のバンドは格別の趣がある。遊歩道を気ままに散策するもよし、黄浦江の観光遊覧船に揺られ、ビールでも飲みながら、新旧のコントラストを楽しむもよし。とにかく、バンドを訪れなければ「ベタ」な上海に触れることはできない、といっても過言ではないだろう。
最近は古い建物をおしゃれなカフェやレストランに改築した、クラシックモダンな店が流行となっている。もちろん、高級ホテルの洗練されたラウンジなども魅力満点だし、一歩、路地へ入れば、昔ながらの活気あふれる庶民でにぎわう店もある。「新」「旧」「新旧」――三つの選択肢が用意されているからこそ、バンドは何度訪れても飽きない場所なのだ。
(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年4月13日

 今回は上海の数ある観光名所のうち、老若男女でいつもにぎわっている名園・豫園を紹介しよう。
豫園は明代の後半、上海出身の役人・潘允端が父親へ贈るために築いた江南庭園で、伝統的な庭園美が随所に盛り込まれている。敷地は約2万平方メートル。この広大な園内に、たくさんの楼閣やあずまや、池などが配置されており、ぶらぶらと散歩を楽しむには絶好の場所だ。
楼閣と楼閣を結ぶ長い回廊に花鳥や草花などの透かし彫りを施した「花窓」、白壁の頂に迫力ある龍の頭をのせた「龍壁」など、伝統技術の粋を凝らした芸術品の数々に目を奪われる。
豫園の周辺は、上海一、活気のある豫園商場が広がっており、レストランや土産物屋が軒を連ねている。以前に紹介した新天地を「六本木」に例えるなら、豫園商場の雑然とした雰囲気は「浅草」といった感じか。下町的な味わいがあって楽しいエリアではあるのだが、ここはスリや引ったくりが多いのでご注意を。これまで、日本人観光客が2人、被害に遭った現場を目撃している。
(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年4月10日

 今回は上海の数ある観光名所のうち、老若男女でいつもにぎわっている名園・豫園を紹介しよう。
豫園は明代の後半、上海出身の役人・潘允端が父親へ贈るために築いた江南庭園で、伝統的な庭園美が随所に盛り込まれている。敷地は約2万平方メートル。この広大な園内に、たくさんの楼閣やあずまや、池などが配置されており、ぶらぶらと散歩を楽しむには絶好の場所だ。
楼閣と楼閣を結ぶ長い回廊に花鳥や草花などの透かし彫りを施した「花窓」、白壁の頂に迫力ある龍の頭をのせた「龍壁」など、伝統技術の粋を凝らした芸術品の数々に目を奪われる。
豫園の周辺は、上海一、活気のある豫園商場が広がっており、レストランや土産物屋が軒を連ねている。以前に紹介した新天地を「六本木」に例えるなら、豫園商場の雑然とした雰囲気は「浅草」といった感じか。下町的な味わいがあって楽しいエリアではあるのだが、ここはスリや引ったくりが多いのでご注意を。これまで、日本人観光客が2人、被害に遭った現場を目撃している。
(文・写真 本紙記者・内海達志 )

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2010年4月6日

以前、このコラムで紹介した魯迅公園からすぐの場所に、「多倫路文化名人街」という楽しい通りがある。「名人」とは「著名人」のこと。通りには、多倫路ゆかりの文化人の像が並び、レトロな雰囲気のアンティークショップやカフェが異彩を放っている。どの建物も年季が入っているが、なかでも1928年に建てられた「鴻徳堂」は必見だ。上海で唯一の、中国風建築によるキリスト教会である。
戦前、この地には、魯迅、郭沫若ら文豪だけでなく、内山書店の店主・内山完造、放浪の詩人・金子光晴、ソ連諜報員の罪で処刑された尾崎秀実(ほつみ)といった個性豊かな日本人も居住していた。彼ら日本人のグループのなかで、中心的存在だったのが、魯迅ら多くの知識人と昵懇(じっこん)だった内山だ。
大正時代、内山は勤務していた目薬会社の駐在員として中国へ。本業の傍ら、妻とともに内山書店を開店し、以後、内山書店は文化人のサロン的な役割を果たし続けた。昭和22年に帰国後も、一貫して日中友好に尽力。昭和34年、訪問先の北京で亡くなった。
多倫路には、多くの中国人からも愛された内山の像が設置されており、柔和な表情で観光客を迎えている。 
(文・写真 本紙記者・内海達志 )

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2010年3月30日号

 今回は上海を代表するグルメの話題を。上海名物数々あれど、記者の一番の好物は上海ガニだ。シーズンは9月から11月。上海の秋は、上海ガニを抜きには語れない。ちょっと先の話になるが、万博後半なら、ちょうど旬のカニを味わえる。
この時期になると、上海市内のレストランには「大閘蟹」という文字が並ぶ。上海ガニの呼び名は通称で、メニューにも「上海蟹」とは書いていない。蘇州近郊の陽澄湖で獲れるものが最高級とされる。以前はニセモノが大量に出回っていたため、最近は産地情報を記したタグがはめられている。
生きたカニをタコ糸で結び、シソの葉を敷いたセイロで蒸しあげ、アツアツのカニを黒酢で食べる。おいしいカニには違いないのだが、正直、身は大したことがない。身はあくまで添え物、メインは濃厚なミソだ。ミソのうまさは、毛ガニにも引けを取らない。
シーズン当初は卵を持ったメス、後半は味に深みを増したオスのミソがおすすめ。1パイ200元以上はするので安くはないが、旅の記念に奮発しておきたい。帰国後、中華街で上海の倍近い値段が付けられた上海ガニを見るたび、「食べておいてよかった」と満足感に浸っている。
(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年3月23日号

 最近、各地で高速鉄道の話題が相次いでいるが、中国における高速鉄道の嚆矢(こうし)は、2002年に開通した上海リニアモーターカーだ。実用化リニアとしては世界初で、浦東国際空港と地下鉄2号線の龍陽路駅までの約30キロを7分間で結んでいる。
最高速度は430キロ。車内の電光モニターに速度が表示されると、乗客の間から歓声があがる。浦東空港を発車してすぐ、この最高速度に達するのだが、いかんせん距離が短いため、400キロ超えの世界を体感できるのはわずか1分程度で、すぐに減速してしまう。これだけのスピードが出ていても、揺れはほとんど感じない。料金は1等が100元、2等が50元。市内―空港をタクシー移動することを考えれば、地下鉄への乗り換えを勘案しても、早くて安い。
当初は龍陽路から上海万博会場まで延伸する計画もあったのだが、諸々の事情から、残念ながら、計画は実現しなかった。しかし、このほど上海―杭州間(約165キロ)にリニア路線を建設する計画が正式に認可された。2014年に完成予定という。杭州までなら、もう少しゆっくりとリニアのスピード感を満喫できそうだ。
時速400キロで疾走するリニアに乗っていると、そのスピードが発展する中国の変化の速さと勢いを象徴しているように思えてならない。
(文・写真 本紙記者・内海達志)
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2010年3月16日号

上海で特に思い出深い場所のひとつが上海駅だ。飛行機で上海万博を訪れる観光客にとって、上海駅を利用する機会はないかもしれないが、列車に乗る予定はなくとも、時間があれば、ぜひ駅周辺を歩いてほしい。
この十数年の間に、駅前の風景はすっかり変わってしまったが、しかし今も駅周辺には、庶民の生活の息吹きをリアルに感じられる空間が残っている。
かつては長距離列車で上海に着き、人の流れに押されるまま大混雑する駅前に吐き出されると、そこには安宿の客引きが手ぐすねひいて待ち構えていたものだ。もう10年くらい前、日本人であることを隠し、客引きに連れられ、中国人しか泊まれない駅裏地区の安宿に潜入したことがある。旅館の主人は、「お前、日本人だったのか」と驚いていたが、「まあ特別だ」と言って泊めてくれた。かび臭い布団、薄暗い照明、薄い壁越しに聞こえる中国人夫妻の夫婦ゲンカ、すべてが新鮮だった。翌朝、ウイグル族が切り盛りする駅前の安食堂で、安くておいしい牛肉麺(めん)を食べたのも懐かしい。
もうあの旅館も食堂も残っていないだろうが、万博に沸く上海で、駅周辺のディープな上海を探してみたいと思っている。
(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年3月9日号

今回はファッションの話題を。今、上海の若者の間で最も人気があるブランドのひとつが「上海灘」だ。前回、このコラムで紹介したトレンディースポット「新天地」をはじめ、市内にファッショナブルな店舗を構えている。
ブランドを立ち上げたのは、香港のデビッド・タン。1994年の設立以来、海外にも積極的に店舗を広げ、一時は東京銀座に進出したこともある(現在は閉店)。
コンセプトは、1930年代の「魔都」と呼ばれていたころの上海租界。レトロなデザインのなかに新しさを取り入れた服、小物、香水など、さまざまなグッズを取りそろえている。まさに新旧混在の魅力を放っている上海にふさわしいブランドといえるだろう。ただ、上海をイメージしたコンセプトにもかかわらず、上海での初出店は2003年と遅かった。てっきり上海発のブランドだと思っていたのだが――。
記者も昨年、「新天地」の旗艦店でカンフー着っぽい黒のシャツを購入した。中国の物価を考えれば、値段はかなり高めなのだが、着心地も品質もいい。自画自賛になってしまうが、「すごく似合っていますよ」と大好評で、上海を訪れる機会があれば、また何着か購入したいと思っている。
日本でも好評だったが、上海で着てこそのブランド。お気に入りのシャツを着て、万博に沸く上海の街を颯爽(さっそう)と闊歩(かっぽ)してみたい。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年3月2日号

今、上海で、最もオシャレで活気あるスポットといえば、「新天地」をおいてないだろう。「新天地」は1920~1930年代に建てられたモダンな「石庫門」と呼ばれる住宅を修復し、旧フランス租界の街並みを再現したエリア。北里、南里と2ブロックに分かれており、約3平方キロのエリア内に100店以上のカフェ、バー、レストラン、雑貨屋などの店舗が並んでいる。
ここに集まる客の8割以上は、流行に敏感な若者と外国人。料金はやや高めだが、英語が通じるし、治安もいい。深夜まで遊んでも、タクシーも簡単に拾える。
オープンは01年。正直、当初は「昔の雰囲気のほうがよかった」との感想を持っていたのだが、約10年が経過した今では、このレトロモダンな空間に、むしろ居心地の良ささえ感じる。それはここ「新天地」が、新旧の文化をミックスし、そこから新しい魅力を生み出し続けている上海という街を象徴するスポットだからだろうか。おそらく、万博期間中、最も混みあうナイトスポットとなるはずだ。
昼間は万博会場で、夜は「新天地」で、世界各国の人たちと交流を深めるのも悪くない。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年2月23日号

上海へ訪れたなら、ぜひとも「世界一高い展望台」を体験してほしい。高所から上海の街並みを見下ろせば、地上目線では見えなかった躍動の息吹きをリアルに感じることができるはずだ。
浦東地区のランドマークビル、金茂大廈(421メートル)に隣接する上海ワールドフィナンシャルセンター(上海環球金融中心、492メートル)にその展望台はある。展望台は94・97・100階の3フロア。100階展望台は地上474メートルあり、超高層ビル群や上海明珠タワー、黄浦江、外灘(バンド)などの大パノラマを楽しむことができる。写真の風景が霞んでいるのはスモッグのため。空は晴れていた。万博が始まるころには、視界良好となっていればいいのだが。
フロアの中央部分がガラス張りになっており、なかなかスリルがある。ただ、高所恐怖症の人は、ちょっと尻込みしてしまうかも。
上海ワールドフィナンシャルセンターの施工者は森ビル。日本人の間では、「上海ヒルズ」のほうが通りがいい。14年の時間を費やし、オリンピックイヤーの2008年8月に竣工(しゅんこう)した。展望台のチケット料金は100~150元。こちらもかなり「高い」が、料金は六本木ヒルズの展望台とほぼ同じ。値段だけの価値はあると思う。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年2月9日号

今回は上海で最も活気のある場所を紹介しよう。正確にいえば、上海の「朝」で、ということになるのだが。
その場所とは、市の中心部にある魯迅公園だ。毎朝、大勢の市民が集まってきて、スピーカーから流れる大音響にあわせ、ダンスや太極拳、青空カラオケなどを楽しんでいる。高齢者が大多数を占めているのは、勤め人は出勤前の忙しい時間だから、当たり前の話だろう。
とにかく、ここに集まってくる人たちは、みな生き生きとした表情で元気いっぱいだ。なかには観光客の姿を見つけると、おいでおいでと手招きしてくれる人も。飛び入り参加は大歓迎らしい。
ここはダンスや太極拳に汗を流すだけではなく、顔なじみとおしゃべりを楽しむ社交場でもあるので、特にお年寄りは、なかなか腰を上げようとしない。
毎朝、ここへ来るのが彼らの日課。その生活リズムは、万博が始まっても変わらないはずだ。
ある老夫婦に「もうすぐ万博ですね」と声をかけたところ、「万博? あれは若い人が遊びに行く場所。ああいう大混雑する場所は疲れるから行かないねえ」という夫妻の笑顔と言葉が印象的だった。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年2月2日号

万博開幕まで、ついに100日を切った。この先、カウントダウンイベントでますます盛り上がりそうだが、万博は見に行けるかどうか分からないけれど、万博開幕前に上海へ行く予定がある、という人におすすめしたいスポットが「上海万博展示センター」だ。
場所は市中心部の淮海中路の「香港新世界大廈」というビルの3階にある。万博PRのため、08年5月にオープンした。入場は無料。アクセスは、地下鉄1号線の黄陂南路駅の3番出口と直結している。
写真、コンピューターグラフィック、ジオラマなどを使い、上海万博の概要について、詳しく説明(日本語表記はないが英語表記あり)している。ここを見学すると、上海万博のスケールがいかに壮大であるかを、映像を通して知ることができる。上海万博の紹介のみならず、過去の歴代万博に関する資料も充実しているので、「万博資料センター」といった感じだ。連日、日本をはじめ、海外からのツアー客が、続々と訪れている。万博の予備知識を仕入れてから、実際に会場で見学すれば、きっと新たな発見があるはずだ。
ここでは、万博のマスコットキャラ「海宝」(ハイバオ)のグッズも販売中。開幕前日の4月30日までオープンしている。
なお、先に本紙を含め一部のメディアで「国務院が開幕日を4月30日と発表」という報道がなされたが、一般客への開放は、従来の発表どおり5月1日。開催期間は10月31日までとなっている。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年1月26日号

長屋風の古い建物の窓には、ズラリと洗いざらしの洗濯物が。路上には野菜や肉を売る市が立ち、主婦たちが大声を張り上げ、「負けてよ」などと値切っている。朝ならば、パジャマ姿のまま歩いている人も少なくない。
この写真だけを見たなら、どこかの田舎町の風景と勘違いしてしまいそうだが、これはれっきとした上海、しかも上海を代表する商店街、豫園からそう遠くない場所なのだ。庶民のパワーがみなぎる昔ながらの街並みは、まだあちこちに残されている。
古い街並みと高層ビルのコントラストが、新旧の魅力が混在する上海を象徴しているといえよう。ある商店主は「万博が開催され、周りに次々とビルが建ったとしても、われわれの生活スタイルは、いつまでも変わらないよ」と胸を張った。
上海の街に活気を与えているのは、建設工事現場の槌(つち)音ではない。そこに暮らす人たちの息吹きが、訪れる者に躍動感を感じさせるのだ。
新旧の風景、どちらが欠けても、上海の魅力は半減してしまう。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年1月19日号

万博という世紀のビッグイベントを目前に控え、上海の街は日々姿を変えている。低い屋根の家並みが続く住宅街の背景に超高層ビル群がみえるこの写真は、そんな今の上海を象徴する一枚といえるだろう。
上海の変化は、簡単に言うと「スクラップ&ビルド」。古い街並みが姿を消し、近代的な超高層ビルが続々と誕生している。
しかし、古い街並みが完全に消えてしまったわけではない。メーンストリートからちょっと脇道に入ると、そこには「オールド上海」の面影がまだまだたくさん残っている。この新旧混然が上海の魅力をさらに引き立たせ、活気を生み出しているとの印象を受ける。
地元企業に勤務する日本人の知人は、「上海は無機質なビルばかりで、情緒がなくてつまらない、という声も耳にするけれど、決してそんなことはない。中国で一番近代化が進んだ都市だからこそ、そこに残されている古い時代のものの価値が再認識できるのだと思う」と力説する。次回は、超高層ビルの谷間に残る「オールド上海」の雰囲気を紹介したい。(文・写真 本紙記者・内海達志)

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2010年1月12日号

上海の街は、バブル景気に沸いていた。空港から市内へ向かうラッシュアワーの道路は大渋滞で、五輪開幕前の北京を思い出した。空は晴れているのに、ぼんやり霞んでいるのは、超高層ビルの建設ラッシュによる砂ぼこりとスモッグの影響だ。環境問題を考えると、ちょっと心配になる光景ではあるが、街全体から発せられる活気や熱気は確かに伝わってくる。
現地で日本人ツアー客のガイドを担当している、某大手旅行社の林さんは「日本ではタクシー業界は非常に厳しいようですが、上海では空車を探すのに苦労するくらい。週末の高級レストランは、順番待ちが当たり前。接客が追いつかないから、注文を聞いてもらうのも一苦労なのですよ。万博が始まれば、日本からもたくさんお客さまが来るでしょうね。今が一番のビジネスチャンス。万博までに、昨年来の世界的な不況が、少しでも改善されてくれれば」と目を輝かせた。
林さんの言葉通り、この日の夜、繁華街で遊んだ帰り、記者はタクシーを拾うのに右往左往させられた。深夜になっても、人の波は途切れることがない。マグマのような消費パワーが、地の底から噴出してくるかのような印象を受けた。(文・写真共・本紙 内海達志)

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2010年1月5日号

愛・地球博の興奮からはや5年――。上海市の黄浦江地区両岸を会場に、5月1日から10月31日までの期間中、上海万博が開催される。
上海万博は、08年の北京五輪開催とともに、「変わりゆく中国」を全世界にアピールする一大国家プロジェクト。カウントダウンで盛り上がる上海の街は、「万博バブル」で沸き立っている。そんな街の活気や、万博に関するホットな話題を、シリーズで伝えていく。
第1回の今回は、万博開催の概要を説明しておこう。メーンテーマは「より良い都市、より良い生活」。マスコットキャラは「人」という漢字をモチーフにした「海宝」(ハイバオ)で、さまざまなグッズにもなり、万博PRに一役買っている。
日本からは、政府館の「日本館」、民間企業出資の「日本産業館」のほか、大阪市がベストシティ実践区にパビリオンを出展する。日本の文化を多くの人に知ってもらうことで、両国友好の輪が広がってほしいもの。万博は、そのまたとないチャンスとなりそうだ。
次回は、記者が実際に体感した「万博バブル」をリポートしたい。(文・写真共 本紙記者/内海達志)

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